人生は芸術だ 2009/11
第16回 人生は芸術だ "Life is Art"
Posted Date:2009/11/27(Fri) 21:21
眼鏡(めがね)
クラブハウスの本棚の片隅に紐で綴じ込まれた4冊の冊子がある。
1985年創部当初からの各大会のプログラムである。几帳面な性格の堀内部長が纏め上げたもので、そこには先生のちょっとした感想、戦評なども添えてある。1つの冊子のページを捲ると、1990年8月15日(水)~19日(日)に神戸ユニバーシアード記念競技場を主会場として行われた第6回全国高校女子サッカー大会のプログラムが目にとまった。
プログラムを読みながら当時を回想してみる。その年は例年になく猛暑が続いたこと、Jリーグ開幕1993年(プレシーズンは1992年)前だったのでサッカーに対するマスコミの記事・雑誌が多くの場所で目に付いたこと、そして何よりもチームが初めて全国大会の決勝(ファイナル)に駒を進める事が出来たことである。この大会は日本女子サッカー発祥の地神戸で女子の普及、発展、強化を見すえて1985年から始まった(第1回大会~第2回大会は京都西山高校グラウンドで開催された)。各サッカー協会の尽力で大会がスムーズに運営され、年を追うごとに参加チームが増大。第7回まで続く。その後は全日本高校女子サッカー選手権大会として移行継続、選手権は10回目の大会まで神戸市で続くこととなる。(11回大会は静岡県磐田市、12回大会は埼玉県熊谷市、13回以降は磐田市での継続開催となっている。)
この第6回大会には全国から34チームが参加した。3チームずつの1次リーグ(1つが4チームの変則)11ブロックに分かれ、上位1チームが2次リーグへ、そして19日最終日には、準決勝(セミファイナル)、決勝(ファイナル)が行われるという、4日間で6試合超えのハードなスケジュールであった。チームはファイナルまでの5試合で得点26点、失点3の内容で、MFの田中(日本代表候補、日本女子リーグ東西対抗出場、シロキセレーナF.C)、が10得点、同じく西尾美香(プリマハムF.C 全日本選手権優勝2回 U-23日本代表)が10得点をあげ、両エースが計20点を量産した。
決勝(ファイナル)の相手は埼玉高校(現・埼玉平成高校)だった。圧倒的にゲームを支配するも、前半終了間際のF.Kが直接クロスバーをたたき、はね返りを押し込まれ、失点。田中が4人抜きのドリブルシュートを決め同点とするも、その後は、互いに延長戦まで譲らずP.K戦で(0-3)で敗れた。(埼玉高校は3人成功、我チームは3人共クロスバーに)
連日2試合のゲームと、猛暑の影響もあってか、延長後半には足をつる選手が4人も続出した。ふと選手を見ると午後7:00のナイターでのKick.offも手伝い、対角での選手の表情、背番号が見えない自分自身に気が付いた。そして、この試合で私は、選手交代の際に「6番」と「8番」、「7番」と「11番」を間違えて交代してしまったのである。
敗戦後、宿泊先の京都まで向かうJRの中で帰仙したら、眼鏡を購入しなければと考えた。その日以来、眼鏡は私の体の一部となり、なくてはならない必需品となっていった。
宮城県工業高等学校2年の早春(1969年)、後に日本サッカーの育ての親といわれる西ドイツのデッドマール・クラーマー氏に千葉県検見川で次の様な事を学んだ。
「見ること自体は目である。しかし、それを判断したり、感じたりするのは精神である。」と・・・・
いつの日にかは、全てのものを心眼で見れるよう努力を続けていきたいものである。


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追伸
「人生は芸術だ」の更新も遅くなりまして大変申しわけありませんでした。
また、更新を楽しみにしてサイトに来られた多くの方々にも深くお詫び申し上げます。
現在、サイトも30000アクセスを超える勢いで訪問者数も確実に伸びております。
今後ともよろしくお願いします。
サイト管理者
第15回 人生は芸術だ "Life is Art"
Posted Date:2009/11/09(Mon) 21:21
漢字考察
小学校1年生の時に初めて漢字を教わった。もう半世紀も前のことなので、あまり定かではないが始めて眼にする漢字は花、人、男、女などで数は70~80字前後だったと記憶している。それまでのひらがなだけの文章に入る漢字はやけに新鮮で、もう少し勉強すれば、父のお気に入りの「朝日新聞が読めるね」と母に上ずった声で話し掛けた事を思いおこす。以来、否が応でも毎日必然的に目にする漢字は生活に必要不可欠な存在となっていく。
中国で生じて、甲骨文字、銅銘文(金文)、小篆、隷書、楷書などの変化を遂げ、一つ一つに深い意味のある漢字は、実に多彩な表情を備えている。
例えば女という文字は子供を抱き愛でる姿を表現しているといわれている。「女」へんに「市(一番)」で姉、「末」で「妹」、はたまた家が加われば「嫁」になり、古ければ「姑」となるなどつくづく良く考えられたものだと感心する。そして躾とは身を美しくすると解釈することができるし、これからの時代に不可欠な「情報」とは真の意味で多くの「情」を感じ取り、選択をし,その事に「報ずる」ことではないかと訳せる。
私たちサッカー部には、北は北海道、南は沖縄と全国津々浦々から31名の県外選手がいるが、両親が選手の意思を尊重し、頑張って家計をやりくりしてくれるお陰で、始めて選手はプレーができることを忘れてはならない。
そういえば親という漢字は、木の上に立って見ると読み取ることができる。まさしく遠く離れていても、木の上から見守っていく姿に合致していく。
今年も早いもので11月のなかばを迎えている。
来月はもう師走、先生も走ると書く位忙しくあわただしい月を迎える。
今年の師走は心を亡ずる(忙)事なく、ゆっくりと一歩一歩着実に歩みたいものである。


photo by natuyumeiro
11/2009
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