人生は芸術だ 2010/6
第30回人生は芸術だ "Life is Art" 「W杯(ワールドカップ)」
投稿日時:2010/06/15(火) 21:21
W杯(ワールドカップ)
第19回FIFAワールドカップが6月11日~7月11日にかけて南アフリカ共和国で開催されている。2年間かけて地域予選を行う。国連の加盟国より多い208(2010年5月現在)の国々、大会賞金総額が4億2000万ドル(約396億6000万円)約2億7000万人のプレーヤー(世界の約30人に一人)等々、とにかくスケールが際立つ世界の祭典である。私が初めてワールドカップを知ったのは1966年第8回のサッカーの母国イングランドで開催された大会であった。中3の時の9月に仙台市の中央部(現公済病院向い)にあった東北劇場という映画館でみた GOAL GOAL(ゴール ゴール )というタイトルの記録映画だった。当時はワールドカップといわず、サッカー世界選手権といった。
B.チャールトンやG.バンクス ペレ.オウゼビオ等のプレーはとても人間技とは思えない程、鮮烈で驚愕の連続だった。映画は出場国や地元イングランドの熱狂振り、トレーニングの様子、選手の行動等を収録したもので、クライマックスの決勝(ファイナル)は10万人収容、満員のロンドンウェンブリー競技場で行われた。イングランドVS西ドイツの対戦は2VS1イングランドリードも西ドイツがロスタイムに執念の同点ゴール延長でジョフ・ハースト選手のハットトリック(1試合で3ゴールを決めること)でイングランドが初優勝を飾った。エレザベス女王から純金のジュールリメ杯を受け、誇らしげに掲げるキャプテンのB.ムーア選手。歓喜のビクトリーラン。スポーツなら相撲、野球という時代に初めて見たワールドカップサッカーは異次元の世界。まさに夢の世界であった。
何度見ても新鮮で、毎週日曜日4週にわたり通った。次の週までワクワクしながら一週間を過ごした思い出はワンシーン、ワンシーン、今でも鮮明によみがえる。
折りしも、日本のサッカーは、1964年(中1)東京オリンピックベスト8、1968年(高2)メキシコオリンピック銅メダル、と飛躍的に躍進を続けていたが中間の年、1966年に見たワールドカップサッカーとはあまりにもかけ離れており、とても同じスポーツには思えなかった。
第9回大会の1970年には民放でメキシコワールドカップが放映された。カナリア色(黄色)のユニホームを身にまとったブラジル代表のペレ、ジャイルジーニョ、トスタン、リベリーノ等の勇士を家庭で見ることとなった。
以来、1974年西ドイツ大会では「空飛ぶオランダ人」の異名をとるヨハン・クライフ、1986年のメキシコ大会では伝説のイングランド戦5人抜きのディエゴ・マラドーナ等々。ワールドカップはスーパースターを幾人も生み出している。私も何度か海外に出掛け、ゲームを観戦している。特に1994年(日本のサッカーはドーハの悲劇で知られる)のアメリカ大会(make historyメーク・ヒストリーと名付けられた)は約23日間滞在し、デトロイト、シカゴで6ゲームを観戦した。一番の思い出は、デトロイドのポンティアックシルバードームスタジアムでのブラジルVSスェーデン戦のブラジルロマーリオ選手に一瞬の隙をついたトォゥキックでのゴールは忘れることができないゴールだ。
今回で日本のワールドカップの出場は1998年フランス大会に初出場以来4大会連続の出場である。FIFAランキング45位。サッカーは何が起こるかわからないスポーツと言われているが、私は正直、岡田監督が目標に掲げるベスト4という結果を出すには至らないと考えている。
過去には国技である相撲や野球に夢中になった時代があった。まさにサッカーが持つ国際的(インターナショナル)な感覚を理解し、文化として受け入れられた時こそ、世界の強国の仲間入りができると思う。
1966年、第8回イングランド大会から数えると44年、第19回大会が行われている。
この一ヶ月「変化こそ常」のワールドスポーツを堪能したいと思っている
固定概念があるうちは、アートは生まれない!!
まさしくサッカーはアートである。

第29回人生は芸術だ "Life is Art" 「プライオリティー」
投稿日時:2010/06/03(木) 21:21
プライオリティー(優先順位)
選手たちが目を輝かせ、生き生きとしてトレーニングに励んでいる。何事にも積極的に意欲的に取り組む姿勢は理想であっても、現実にはなかなか困難な事である。
その自発的に取り組む背景には、新しいプレーの発見がある。このことをゲームで実践すると、なかなか機知にとんでおり、面白く、実に理にかなってプレーの幅を広げることに役立つ。ワンプレー、ワンプレーそのものはとても奥が深く意図があり、伝えるまでには困難を極めた。しかし、シンプルにシンプルに整理して伝えることがゲームで成功を収めつつあるので、選手に自信が芽生え意欲的なのはそのことが要因なのかもしれない。そして今、「理解してプレーすることは本当に楽しいことなのだ」と実感している。
例えば、相手ゴールペナルティーの角でボールを受けたと仮定する。
そして、ゴールを奪うための選択肢が4つあったとする。
(1)自ら突破をはかりゴールを狙う(ドリブル)
(2)ボールをKEEPして、仲間の上がりを待つ時間を作り連携してゴールを狙う
(3)バックパスをして新しい起点を作り、サイドからのアタックでゴールを狙う
(4)中央にいる選手にパスを送り、ゴールを狙う
この4つの選択肢の中で(4)番目の選択肢が客観的に見てベストのプレーだとする。(1)(2)(3)を選んでゴールを奪えたとしても、この(4)の客観的に見てという選択が非常に重要だと思う。
それは、ゲームとは「自チーム」であり、「相手チーム」であり、「観客」でもある。中央にいる選手にパスをしてゴールが生まれたならスペクタクルを提供することができる。その事は観客にとっても、相手チームにとっても、とても重要なことでサッカーにおけるギリギリの攻防(エキサイティングで魅力ある)を伝えることに繋がるからである。
1993年のJリーグ創設の8年前(1985年)にFc.SEIWAは誕生した。Jリーグの理念である地域密着・地域融合そして地域への還元、Fc.SEIWAの由来は学校の枠を超えたいという願いでもあった。それはモデルクラブとして輝くことを目指すことにある。継続がビジョナリーチーム実現への足掛かりにも通じていくと考えた。下部組織、スタッフの充実、環境整備など課題は山積している。 SLOW BUT STEADY(ゆっくり着実に)進みたいと思う。
全世界が注目のワールドカップ南アフリカ大会が直前に迫っている。
「サッカーは子どもを大人にし、大人を紳士にする」といわれている。
延べ280億人が観戦(全世界中の人が4試合分は観戦)するという「生き方の範となる」熱い戦いがまもなく始まる。

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