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ブログ 2010/3
第23回 人生は芸術だ "Life is Art" 「話すことと書くこと」[人生は芸術だ]
投稿日時:2010/03/10(水) 21:21
話すことと書くこと
週に一度、約2時間位は、帰宅途中にある八幡町TSUTAYAに立ち寄る。どの書店でも同じように見られる光景ではあるが、店の中央には現在ベストセラーとなっている本が整然と並び目に留まる。
私は週刊誌コーナーにはじまり、スポーツ、歴史書、経営、ファッション誌という順で新刊を中心に見て回る。あまり深く考えたことはなかったのだが、気付くと回る順番や表紙の一行を必ず2度反復して読む習慣が身に付いていた。表題で出版社や雑誌社が今の時代をどの様に読んでいるのか。それは、注目の売れるキーワードにつながってゆく。このような習慣は私自身、HPのコラム連載を継続することにより身に付いた本能的な感覚だと思う。
久しぶりにTSUTAYAに隣接しているイタリアンレストラン「DiVERDE」に入る。注文した料理が出来てくる間に、書くことの重要性と話すことの相違を整理してみた。身の回りにある話すこととは、扱う人間の裁量、立場で大きく様変わりしてゆき、勝手に操作されてゆく。時には変な噂が飛び交い、発端まで遡って聞き調べてみると、話が嘘を大きくしてゆくきらいが見受けられる。そしてそれは人間不信となってゆく危険をはらんでいる。それに対し、事実と意見を「書く」という作業は、情報をある一人の視野から固定化することにつながる。その事は何よりも受け取る人々への最大の配慮である。
この様に考えてゆくと、書いて判断する作業はとてつもなく重要なことだと思う。
私はHPで「人生は芸術だ "Life is Art"」を定期的に発信できる(書ける)ことに無上の喜びを感じている。
久しぶりに口にするパスタとコーヒーの極上のうまさを皆さんにも是非分けて上げたい思いである。

拈華微笑 (第4回) インタビュー・OG会長 三浦(内海)弘美さん[拈華微笑]
投稿日時:2010/03/04(木) 09:34
今回は本校サッカー部のOGで初代キャプテンの三浦弘美(旧姓 内海)さんにインタビューさせて頂きました。三浦さんは現在、ご結婚され2児の母となり、仕事の傍ら地元の男子中学生への指導も行っております。サッカー部が昨年度で25周年を迎え、初代キャプテンとしての想いや30周年の記念事業へ向けての準備についてお話を頂きました。更に今年度から聖和サッカー部の指導に携わっている、OG(14回生)の齋藤史子先生(地歴公民科)にも加わって頂きました。

(4月に対談形式でインタビューを行いました)
Q1.昨年度でサッカー部が25周年を迎えていますがどのようなお気持ちですか?
また30周年に向けてOG会としてどの様な企画を考えていますか?
あれは私が高校1年生の時ですね。今から27年前ですか。昭和59年(1984年)の11月に東北地区女子サッカー選手権大会が高校の最寄り駅である宮城野原駅に隣接したサッカー場で行われていました。学校帰りに初めて観戦した試合は私が「女子がサッカーをやっていいんだ~」という認識を持てるきっかけになりました。
そして後日、国井先生にお願いし、学校裏の木ノ下公園で活動を初めたんです。当時から、サッカーと言えば国井先生だったんです。自然な流れで顧問になってもらいました。ボールも無ければ練習が出来ないだろうといって先生が自前でボールを用意してくれて早速公園で蹴り始めました。ちなみに当時は新品のボールに覆われているビニールを剥がすことも知らずにボールを蹴っていました(笑)。そして後日国井先生から「技術が無い奴が滑るボールで練習していたから恐ろしい位酷かった」とまで言われました(笑)
時には宮城野原陸上競技場近くのアスファルトの上、サッカー場が空いてれば拝借し、宮城野原自転車競技場の中でも練習したりと日々活動場所を求めては移動していた同好会でした。初めての対外試合はオフサイドの意味が理解できず、試合中に「どうして?頑張っているのに!」と言って泣き出す選手や、料理の出来ないマネージャー、合宿をすれば芯の残ったご飯、おかずはカイワレ大根とみかん詰、国井先生が不憫に思い惣菜を買ってきてくれたこともありました。1年間の同好会活動後残ったのは自分一人、しかし後輩はたくさん入り部として昇格するこが認められました。そしてやっと校内の土のハンドボールコートで練習出来るようになったんです。それから25年の月日が経ちました。本当に早いですね。


(1985年の創部当時の練習着) 創部当時の集合写真
※メダルは初の東北大会優勝時
30周年に向けてはOGとして後輩の為になでしこリーグのチームとゲームや、皆で温泉旅行もいいし、年代別でフットサル大会もいいかなと考えています。30周年のみならず、皆でまた一同に会して当時の話がしたいです。具体的な企画については募集中ですのでこれをみた卒業生の皆は、是非HPを通じて連絡が欲しいですね。
それとは、別で今年はOGの齋藤先生にも協力してもらい、あまり形式ばらずにOG会の総会をしたいと考えています。是非、皆に集まってもらいたいと考えています。

(OGの斎藤史子先生)
Q2.現在指導者としてご活躍中という事ですがどの様な活動をされていますか?
2009年の6月から塩釜市立第一中学校男子サッカー部の外部コーチとして、ほぼ毎日狭い校庭でクーバートレーニング・コーディネーショントレーニング・聖和秘伝の練習を行っています。今から25年前の高校時代に堀内先生、国井先生に私たちが言われ続けていたフレーズ「周りを見ろ、頭を使え、飾りじゃないいんだよ頭は・・」と同じ事を現在指導している子供たちへも伝えています。更に彼らには、サッカーだけでなく、その根本となる人間としての礼節を身に付け、色々な意味で周りを看れる大人になって欲しいと思っています。
(当時を思いだし、笑顔も)
Q3.聖和学園で一番思い出深かった出来事を教えて下さい。
思い出深いのは2年次に出場した初めての全国大会(第2回全国高等学校女子サッカー大会)です。当時の全国大会は京都(西山高校)で開催され、その年の京都はとても暑かった記憶があります。大会は国井先生・堀内先生が大物を釣り上げたと思ったらタモを忘れて逃がしてしまったといった感じの結果だったと思います。わかりやすく言えばとても「残念な」大会でした。1回戦で島本高校(大阪府)を1-0で下し、2回戦で強豪の田園調布雙葉(東京都)に0-0PK負けでした。猛暑のせいもあって試合後に出場選手の鼻血が止まらず深夜府内にある救急病院で堀内先生と交代で寝て看病し翌日を迎えるというような過酷な大会でした。

(初の全国大会出場時)
また私自身が一番悔しく印象に残ったのは全国大会に行く前に読売ランド(※現在の日テレベレーザ)で合宿を敢行したんです。同じ女子しかも中学生もいた相手に大敗し何も出来ず悔しくて涙を流しながら宿舎まで戻ったのも記憶しています。今思えば当時のベレーザには後に日本の女子サッカー界をリードする野田朱美さん、高倉麻子さん、手塚貴子さん、小野寺志保さんたちがいたんですよ。そんなチームとゲームができるように設定してくれた国井先生には本当に感謝しています。

(1回戦の島本高校戦 白=聖和)
Q4.貴女にとって聖和サッカー部とはどのような存在ですか?
大切な 「子供」 です(笑)
でも、本当に自分の子供の様な存在なんです。だから、これからも温かく見守りたいですね。
Q5.最後に今年度開催予定のOG会総会について教えて下さい。
これはOGにむけての情報発信なのですが、これからの聖和サッカー部を支え、このサッカースタイルをこれからも伝え続けるべく、OG会の連携を更に強化したいと考えています。
遠方からの参加を考慮して、1泊2日のスタイルで行いたいと考えていますので、連絡の取れる方々は、是非こちらのHPから申し込みを頂きたいと考えています。
各世代を超えて集まり、そして当時を振り返り、サッカー談議に花を咲かせ、現役生の励みとなる様に活動をしていきたいと考えています。是非参加をよろしくお願い致します。(OG戦に関しては、当時の保護者様の参加も歓迎致します)
(OGの齋藤先生も加わり、話題はOG会へ)
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聖和学園高等学校サッカー部OG会日時等
平成22年7月18日(日) ◎ OG会総会(18:00~18:45)
◎ 懇親会 (19:00~21:00)
平成22年7月19日(月) ◎ OG戦 (OG VS 現役生)
◎ OGより激励会 (昼食会)
※現在調整している項目
7月18日(日) に関しては(市内のホテルで総会→懇親会 OR 仙台市近郊の温泉で総会→懇親会)
7月19日(月) に関しては(市内のサッカー場を予定)
・懇親会費 → 4000円~5000円程度(学生は割引)
・宿泊費 → 有谷さん(聖和学園事務)が調整中です。
・詳細は5月上旬中に確定致します。
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※参加に関する問い合わせはこちら↓
齋藤史子(OG会事務局・14回生) seiwa-ogkai@hotmail.co.jp まで
〇御氏名 〇卒業年(年度) 〇連絡先アドレス等 をご記入ください。
メールをいただいた方にこちらから正式な申し込み方法等について5月中に返信いたします。
出席が可能なOGの方はどんどん連絡を下さい。連名でも問題ありません。
各世代で連絡を取り合い、多くの方の参加を心よりお待ちしています。

聖和学園高等学校女子サッカー部
OG会事務局
第22回 人生は芸術だ "Life is Art" 「風に立つライオン」[人生は芸術だ]
投稿日時:2010/03/01(月) 21:21
”風に立つライオン”
さだまさしさんの 「風に立つライオン」 という歌がある。
歌詞は著作権の関係で本サイト掲載することができないので下記リンク先を参照して頂きたい。
さだまさし作詞作曲「風に立つライオン」
→ http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=50454(無料歌詞検索サービス)
この歌で何人の若者が医師を志したであろうか!
これは、さだまさしさんの友人である医師の柴田紘一郎氏(現宮崎県立、日南病院院長)がケニア州立クラール病院に勤務していた2年余りの体験を綴った歌だという。少年の頃、シュバイツアーに憧れ、本当にケニアへ巡回医療の医師として出掛けていった。マラリアが蔓延し、薬剤も医療器具もない現地での診療は困難を極めた。しかし生命に対して敏感な先生は患者と真摯に向き合い、共に闘った。そして、どんな状況下であっても助かろうとする意志がない人は助けることが困難であることを知る。
満天の星の見守る大自然のもと、極めて優秀な外科執刀医は生命の尊厳さと対峙した。同時に生きることは、人が助けることではなく、神が助けることを知る。
まさしさんの感性は、氏の恋人への優しさも余りなく伝え、現代人の心の不摂生こそ魂の脂肪となっていることを警告として歌に託している。
そんなケニアの大自然の中で神と共にあった先生の一片を印したこの歌を小山高生先生に紹介された。
「職業に貴賎はないと思うけど、生き方に貴賎はありますね」という先生の言葉は、強く私の胸を打った。

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