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  <title>聖和学園高等学校女子サッカー部の最新ブログ記事</title>
  <updated>2010-03-04T10:13:16+09:00</updated>
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    <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
  </author>
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/41</id>
    <title>第２２回　人生は芸術だ　 "Life is Art" 　　「風に立つライオン」 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=41"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2010-03-01T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2010-03-01T20:07:59+09:00</published>
    <modified>2010-03-02T07:19:55+09:00</modified>
    <summary>”風に立つライオン”&#13;
 &#13;
 &#13;
さだまさしさんの　「風に立つライオン」　という歌がある。&#13;
歌詞は著作権の関係で本サイト掲載することができないので下記リンク先を参照して頂きたい。&#13;
 &#13;
 &#13;
さだまさし作詞作曲「風に立つライオン」&#13;
→　http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=50454（無料歌詞検索サービス）&#13;
 &#13;
この歌で何人の若者が医師を志したであろうか！&#13;
 &#13;
これは、さだまさしさんの友人である医師の柴田紘一郎氏（現宮崎県立、日南病院院長）がケニア州立クラール病院に勤務していた２年余りの体験を綴った歌だという。少年の頃、シュバイツアーに憧れ、本当にケニアへ巡回医療の医師として出掛けていった。マラリアが蔓延し、薬剤も医療器具もない現地での診療は困難を極めた。しかし生命に対して敏感な先生は患者と真摯に向き合い、共に闘った。そして、どんな状況下であっても助かろうとする意志がない人は助けることが困難であることを知る。&#13;
 &#13;
満天の星の見守る大自然のもと、極めて優秀な外科執刀医は生命の尊厳さと対峙した。同時に生きることは、人が助けることではなく、神が助けることを知る。&#13;
 &#13;
まさしさんの感性は、氏の恋人への優しさも余りなく伝え、現代人の心の不摂生こそ魂の脂肪となっていることを警告として歌に託している。&#13;
 &#13;
そんなケニアの大自然の中で神と共にあった先生の一片を印したこの歌を小山高生先生に紹介された。&#13;
 &#13;
「職業に貴賎はないと思うけど、生き方に貴賎はありますね」という先生の言葉は、強く私の胸を打った。&#13;
 &#13;
 &#13;
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にほんブログ村&#13;
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    <content type="text">”風に立つライオン”&#13;
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さだまさしさんの　「風に立つライオン」　という歌がある。&#13;
歌詞は著作権の関係で本サイト掲載することができないので下記リンク先を参照して頂きたい。&#13;
 &#13;
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さだまさし作詞作曲「風に立つライオン」&#13;
→　http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=50454（無料歌詞検索サービス）&#13;
 &#13;
この歌で何人の若者が医師を志したであろうか！&#13;
 &#13;
これは、さだまさしさんの友人である医師の柴田紘一郎氏（現宮崎県立、日南病院院長）がケニア州立クラール病院に勤務していた２年余りの体験を綴った歌だという。少年の頃、シュバイツアーに憧れ、本当にケニアへ巡回医療の医師として出掛けていった。マラリアが蔓延し、薬剤も医療器具もない現地での診療は困難を極めた。しかし生命に対して敏感な先生は患者と真摯に向き合い、共に闘った。そして、どんな状況下であっても助かろうとする意志がない人は助けることが困難であることを知る。&#13;
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満天の星の見守る大自然のもと、極めて優秀な外科執刀医は生命の尊厳さと対峙した。同時に生きることは、人が助けることではなく、神が助けることを知る。&#13;
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まさしさんの感性は、氏の恋人への優しさも余りなく伝え、現代人の心の不摂生こそ魂の脂肪となっていることを警告として歌に託している。&#13;
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そんなケニアの大自然の中で神と共にあった先生の一片を印したこの歌を小山高生先生に紹介された。&#13;
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「職業に貴賎はないと思うけど、生き方に貴賎はありますね」という先生の言葉は、強く私の胸を打った。&#13;
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  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/40</id>
    <title>第２１回　人生は芸術だ　 "Life is Art"  　　「想えば叶う」 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=40"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2010-02-19T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2010-02-19T21:39:42+09:00</published>
    <modified>2010-02-20T12:45:59+09:00</modified>
    <summary> &#13;
「想えば叶う」　～夢を実現するために～&#13;
 &#13;
 &#13;
　私が勤務する聖和学園は一宗一派に偏らない全国の高校でもめずらしい仏教主義（お釈迦さまの教えを教育方針とする）の学園である。なかでも4月8日（降誕会・お釈迦さまがお生れになった日）、12月8日（成道会・お釈迦さまがお悟りをひらかれた日）そして2月15日の涅槃会（お釈迦さまがお亡くなりになった日）は仏教三大行事といわれている。例年涅槃会はキャンパス毎に行われていたが、今年は仙石線榴ヶ岡駅に隣接する仙台サンプラザホールで薬師堂・三神峯両キャンパス合同で開催された。&#13;
 &#13;
　式典の部に引き続き、講演の部は著名な脚本家、小山高生先生を招いて、表記の演題で行われた。日本には約100名程のアニメ脚本家がいるが、先生はそのうちの約40名を超える門下生を育てている。もじどうり、日本を代表するアニメ脚本家である。主な代表作は「パーマン」「フクちゃん」「ドラゴンボールZ」等といった日本アニメ史に残る名作である。講演は62才という年齢を感じさせないエネルギッシュな内容でとてもわかり易かった。そして独特の語り口で話される内容に、先生の人生観、価値観を垣間見ることができた。12年前の1997年11月に大腸がんを患いながら、身体障害者（人工肛門を装着している）となるも、常に前向きな姿勢を貫き大好きなアニメに挑戦し続けている魅力的な姿に生徒もどんどん引き込まれていった。&#13;
 &#13;
 &#13;
皆さん一度きりの人生です。「貴い生き方をしましょう！」と話され、想念（相＋心＝心の姿）（念＝今＋心＝今の心）&#13;
それは今の心の姿が今のあなたなのです・・・・・どの様な人間になりたいかという想いがあってこそ行動に移るものですと話された。&#13;
 &#13;
私はその言葉を聞き人間は情緒や感性が優れていくと、研ぎ澄まされ、行動が言語化されていくものであると感じた。&#13;
 &#13;
公演後、同僚の飯田先生と学校へと戻りながら、先生の話を思い浮かべ私が取り組んでいるサッカーに重ね合わせた。&#13;
 &#13;
 &#13;
そしてもしかすると日々のトレーニングは・・・・&#13;
 &#13;
うまいプレーをするためのものではなく愚かなミスを繰り返さないためにするものなのかもしれないと強く感じた。&#13;
 &#13;
次回の人生は芸術だ"life is Art"　は小山高生先生の講演の中で紹介された、「風に立つライオン（さだまさし　作詞　作曲）について詳しく書く予定です。&#13;
 &#13;
 &#13;
小山高生氏について・・・&#13;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B1%B1%E9%AB%98%E7%94%9F&#13;
 &#13;
小山高生氏ブログ・・・・「ぶらざあのっぽ・のっぽの雑感」&#13;
http://www.brother-noppo.com/essay/zakkan/index.php?y=2010&amp;amp;id=142&#13;
 &#13;
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「想えば叶う」　～夢を実現するために～&#13;
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　私が勤務する聖和学園は一宗一派に偏らない全国の高校でもめずらしい仏教主義（お釈迦さまの教えを教育方針とする）の学園である。なかでも4月8日（降誕会・お釈迦さまがお生れになった日）、12月8日（成道会・お釈迦さまがお悟りをひらかれた日）そして2月15日の涅槃会（お釈迦さまがお亡くなりになった日）は仏教三大行事といわれている。例年涅槃会はキャンパス毎に行われていたが、今年は仙石線榴ヶ岡駅に隣接する仙台サンプラザホールで薬師堂・三神峯両キャンパス合同で開催された。&#13;
 &#13;
　式典の部に引き続き、講演の部は著名な脚本家、小山高生先生を招いて、表記の演題で行われた。日本には約100名程のアニメ脚本家がいるが、先生はそのうちの約40名を超える門下生を育てている。もじどうり、日本を代表するアニメ脚本家である。主な代表作は「パーマン」「フクちゃん」「ドラゴンボールZ」等といった日本アニメ史に残る名作である。講演は62才という年齢を感じさせないエネルギッシュな内容でとてもわかり易かった。そして独特の語り口で話される内容に、先生の人生観、価値観を垣間見ることができた。12年前の1997年11月に大腸がんを患いながら、身体障害者（人工肛門を装着している）となるも、常に前向きな姿勢を貫き大好きなアニメに挑戦し続けている魅力的な姿に生徒もどんどん引き込まれていった。&#13;
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皆さん一度きりの人生です。「貴い生き方をしましょう！」と話され、想念（相＋心＝心の姿）（念＝今＋心＝今の心）&#13;
それは今の心の姿が今のあなたなのです・・・・・どの様な人間になりたいかという想いがあってこそ行動に移るものですと話された。&#13;
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私はその言葉を聞き人間は情緒や感性が優れていくと、研ぎ澄まされ、行動が言語化されていくものであると感じた。&#13;
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公演後、同僚の飯田先生と学校へと戻りながら、先生の話を思い浮かべ私が取り組んでいるサッカーに重ね合わせた。&#13;
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そしてもしかすると日々のトレーニングは・・・・&#13;
 &#13;
うまいプレーをするためのものではなく愚かなミスを繰り返さないためにするものなのかもしれないと強く感じた。&#13;
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次回の人生は芸術だ"life is Art"　は小山高生先生の講演の中で紹介された、「風に立つライオン（さだまさし　作詞　作曲）について詳しく書く予定です。&#13;
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小山高生氏について・・・&#13;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B1%B1%E9%AB%98%E7%94%9F&#13;
 &#13;
小山高生氏ブログ・・・・「ぶらざあのっぽ・のっぽの雑感」&#13;
http://www.brother-noppo.com/essay/zakkan/index.php?y=2010&amp;amp;id=142&#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/39</id>
    <title>第２０回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=39"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2010-02-08T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2010-02-09T00:59:34+09:00</published>
    <modified>2010-02-09T10:20:50+09:00</modified>
    <summary> &#13;
教訓&#13;
 &#13;
 &#13;
　私事であるが、一昨日２月５日は私の長男の３１回目の誕生日であった。３１年前の２月５日も今年と同じ寒波（とても寒い日）だったので鮮明に記憶にある。というより、翌２月６日の未明、午前０時２６分の帰宅で家内の両親が自宅前におり（子どもの無事出産の報告と私の帰宅を待っていた）、その時のあきれ顔がいまだに忘れられない。５日の午後８時７分に出産だったというから、両親は９時過ぎまで病院にいて、それから３時間以上車内で待っていたことになる。&#13;
 &#13;
 &#13;
　記憶をさかのぼってみる。その日は一般入試の合否判定会議が終わり、体育教官室に戻る。帰宅直前に大学時代の同級生から電話があった。教員研修会で仙台にいるという。家内の一両日中の出産も気になっていたが、不謹慎と思いつつ、早速待ち合わせをし地元にいる同僚を集い５人で飲み始めた。今の時代の様に携帯電話、メールでの連絡が取れる訳でもなく、時を忘れるが如く、学生時代のたわいもない話に夢中になった。&#13;
 &#13;
 &#13;
　ふと時計を見ると０時を回っているではないか！！即解散、急いでタクシーをひろい自宅前で見慣れた車を見つけた途端、一気に酔いが醒めた。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　寒々とした部屋でストーブに灯を点けながら、かじかんだ手でお茶を差し出す。義母は誰に話すでもなくつぶやいた。「精一さんにも誕生日があるでしょう！時が過ぎればあたかも一人で生まれた様に自分のお祝いに変わってしまう。でも、その日は貴方を生んでくれたお母さんが一番大変だったことを忘れないで下さいね」と。&#13;
 &#13;
　&#13;
 &#13;
言葉につまった。以来、長男の誕生日は、私の苦い思い出となり教訓となっている。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　私達のチームは幸いにも遠方から多くの選手が越境入学している。例年、全日本女子ユース（U-１８）サッカー選手権大会が新春１月上旬に行われるため正月に帰省することが出来ない。そのため、一般入試が行われる２月上旬に帰省するのが慣例となっている。&#13;
 &#13;
 &#13;
　約一週間の入試業務期間に練習も出来ないので、私が１８年前に作製したDVD、今回佐々木コーチが作製したDVDをコマ送りで鑑賞しなおした。そのDVDには不変のものが盛りだくさん有り、あらためて育成の大切さを痛感した。&#13;
その分析した内容について「聖和式カンテラとバルサのサッカー」という別ページで取りまとめた。是非こちらもご覧になって頂きたい。&#13;
 &#13;
リンク→聖和式カンテラとバルサのサッカー &#13;
 &#13;
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　&#13;
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にほんブログ村&#13;
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教訓&#13;
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　私事であるが、一昨日２月５日は私の長男の３１回目の誕生日であった。３１年前の２月５日も今年と同じ寒波（とても寒い日）だったので鮮明に記憶にある。というより、翌２月６日の未明、午前０時２６分の帰宅で家内の両親が自宅前におり（子どもの無事出産の報告と私の帰宅を待っていた）、その時のあきれ顔がいまだに忘れられない。５日の午後８時７分に出産だったというから、両親は９時過ぎまで病院にいて、それから３時間以上車内で待っていたことになる。&#13;
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　記憶をさかのぼってみる。その日は一般入試の合否判定会議が終わり、体育教官室に戻る。帰宅直前に大学時代の同級生から電話があった。教員研修会で仙台にいるという。家内の一両日中の出産も気になっていたが、不謹慎と思いつつ、早速待ち合わせをし地元にいる同僚を集い５人で飲み始めた。今の時代の様に携帯電話、メールでの連絡が取れる訳でもなく、時を忘れるが如く、学生時代のたわいもない話に夢中になった。&#13;
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　ふと時計を見ると０時を回っているではないか！！即解散、急いでタクシーをひろい自宅前で見慣れた車を見つけた途端、一気に酔いが醒めた。&#13;
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　寒々とした部屋でストーブに灯を点けながら、かじかんだ手でお茶を差し出す。義母は誰に話すでもなくつぶやいた。「精一さんにも誕生日があるでしょう！時が過ぎればあたかも一人で生まれた様に自分のお祝いに変わってしまう。でも、その日は貴方を生んでくれたお母さんが一番大変だったことを忘れないで下さいね」と。&#13;
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言葉につまった。以来、長男の誕生日は、私の苦い思い出となり教訓となっている。&#13;
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　私達のチームは幸いにも遠方から多くの選手が越境入学している。例年、全日本女子ユース（U-１８）サッカー選手権大会が新春１月上旬に行われるため正月に帰省することが出来ない。そのため、一般入試が行われる２月上旬に帰省するのが慣例となっている。&#13;
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 &#13;
　約一週間の入試業務期間に練習も出来ないので、私が１８年前に作製したDVD、今回佐々木コーチが作製したDVDをコマ送りで鑑賞しなおした。そのDVDには不変のものが盛りだくさん有り、あらためて育成の大切さを痛感した。&#13;
その分析した内容について「聖和式カンテラとバルサのサッカー」という別ページで取りまとめた。是非こちらもご覧になって頂きたい。&#13;
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リンク→聖和式カンテラとバルサのサッカー &#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/38</id>
    <title>第１９回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=38"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2010-01-29T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2010-01-30T00:04:00+09:00</published>
    <modified>2010-02-02T09:17:57+09:00</modified>
    <summary> &#13;
継承と伝達&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
昨年７月に私たちのクラブ（聖和学園高等学校女子サッカー部）はHPを立ち上げた。それは私たちが２５年にわたって取り組んで来たサッカーに対する真摯な思い、考え方を広く多くの人々に知ってもらいたいからである。同時にHPを通じ、皆様の意見に耳を傾け、１００年後にも輝きを失わないチーム作りをしたいという願いでもある。&#13;
 &#13;
春浅き昨年４月、田中滋氏の著書「常勝ファミリー鹿島の流儀」という一冊の本と出合い、ビジョナリーカンパニーという言葉を知った。「ビジョナリーカンパニー」とは１９９４年、米スタンフォード大学教授が著した経営書であり成功を収めてきた企業概念の一つで「先見的」「未来的」という意味がある。詳しくはFC.SEIWAの１００年構想に記してある。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
今回のコラムは、四半世紀にわたるチーム作りの経緯の中でメカニズムに疎い私が、一つの発見をきっかけに約３ヶ月の日時をかけて１本の教育ビデオ作りに取り組んだエピソードを紹介したい。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
新しい発見は昨日のことのようにまだ鮮明に記憶に残っている。&#13;
 &#13;
それは１９９２年、１８年前の１１月１６、１７日の両日である。家と学校で観戦した一日違いの、１９８２年スペ　インW杯準々決勝（ブラジルVSイタリア）、そして１９８８年の欧州選手権決勝（西ドイツVSオランダ）の一シーンであった。反射的に前日自宅で観たビデオを学校に持ち込み観ていると感じた。強烈な刺激に頭を整理する。&#13;
 &#13;
ゲームの内容が全く違う２本のビデオのプレーは全く制限を受けない３人目の選手の派生、言うなればA-C-B、A-B-A-C-Bを発見したことから始まった。サッカーはワンサイドカットに代表される様に、足で扱うが故にボールを保持した時点でプレーに制限を受けるのが当然であったスポーツで自由に選択肢を提示できる３人目のプレーは鳥肌が立つほど新鮮であった。&#13;
 &#13;
そして全国の友人からかき集めた４７３本のビデオには、視点を変えて観ると多くの教材が詰まっていた。以来多くのゲームを観戦するにつけ、良いプレーを成功させるには、ある共通の法則、条件が不可欠であるという結論に至っている。当時発見した５項目は①３人目②落とし受け③横ポスト④前流れ⑤後ずさり　の５点である。それらの造語は私の感性であるが、下記にある様にどんどん増え続け、今も感じたままの言葉となっている。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
奥軸、中軸の３人目　軸なし３人目　パス当てGO　横三縦三斜三、すくい上げ　半タッチ　半々タッチ　３６０゜ターン　遊び場　フェイクバック　バックフェイクバック　切れ目受け　切れ切れ目受け　切れ目から切れ目へ移動　背中回り　シールドターン　ダブルポスト　カベパス１２３４５　４M判断　ゆっくりはやく　はやくゆっくり　へそ向き反対　漂い　向き変え　初動反対　横止め&#13;
などである。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
ベータ・VHSの機種の違うビデオから主とするプレーのカウンター表示を一つ一つ選択し、大学ノートに分類ごとに記した。&#13;
抜き出し作業には莫大なビデオ観戦と、膨大な編集が３ヶ月にわたり待っていた。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
そしてそれは１８年の時を経て、今回、佐々木好人コーチが編集したＦＣバルセロナのエルドリームチーム時代を中心とした歴代１００１ゴールから抜粋したゴールシーンのビデオに継承集約されていく。&#13;
 &#13;
　その編集されたバルサのビデオは、現地スペインから様々な方法を駆使し取り寄せられた素材により構成されており、まさに私が１８年前に見た多くのゴールシーンと同一の原理原則により発生した１１４ゴールが編集してあった。特に単独のチームがポゼッションをベースとし相手を崩す条件を全て満たしゴールを生み出していることには改めて驚かされ、胸がワクワクした。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
サッカーはトレーニングにおいて戦術・技術・体力・精神力の４つが同時に存在するものでなければ意味がないと考えている。どの様な絵を描きたいのか。構想があり、その実現のために技術は存在する。&#13;
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にほんブログ村&#13;
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継承と伝達&#13;
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昨年７月に私たちのクラブ（聖和学園高等学校女子サッカー部）はHPを立ち上げた。それは私たちが２５年にわたって取り組んで来たサッカーに対する真摯な思い、考え方を広く多くの人々に知ってもらいたいからである。同時にHPを通じ、皆様の意見に耳を傾け、１００年後にも輝きを失わないチーム作りをしたいという願いでもある。&#13;
 &#13;
春浅き昨年４月、田中滋氏の著書「常勝ファミリー鹿島の流儀」という一冊の本と出合い、ビジョナリーカンパニーという言葉を知った。「ビジョナリーカンパニー」とは１９９４年、米スタンフォード大学教授が著した経営書であり成功を収めてきた企業概念の一つで「先見的」「未来的」という意味がある。詳しくはFC.SEIWAの１００年構想に記してある。&#13;
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今回のコラムは、四半世紀にわたるチーム作りの経緯の中でメカニズムに疎い私が、一つの発見をきっかけに約３ヶ月の日時をかけて１本の教育ビデオ作りに取り組んだエピソードを紹介したい。&#13;
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新しい発見は昨日のことのようにまだ鮮明に記憶に残っている。&#13;
 &#13;
それは１９９２年、１８年前の１１月１６、１７日の両日である。家と学校で観戦した一日違いの、１９８２年スペ　インW杯準々決勝（ブラジルVSイタリア）、そして１９８８年の欧州選手権決勝（西ドイツVSオランダ）の一シーンであった。反射的に前日自宅で観たビデオを学校に持ち込み観ていると感じた。強烈な刺激に頭を整理する。&#13;
 &#13;
ゲームの内容が全く違う２本のビデオのプレーは全く制限を受けない３人目の選手の派生、言うなればA-C-B、A-B-A-C-Bを発見したことから始まった。サッカーはワンサイドカットに代表される様に、足で扱うが故にボールを保持した時点でプレーに制限を受けるのが当然であったスポーツで自由に選択肢を提示できる３人目のプレーは鳥肌が立つほど新鮮であった。&#13;
 &#13;
そして全国の友人からかき集めた４７３本のビデオには、視点を変えて観ると多くの教材が詰まっていた。以来多くのゲームを観戦するにつけ、良いプレーを成功させるには、ある共通の法則、条件が不可欠であるという結論に至っている。当時発見した５項目は①３人目②落とし受け③横ポスト④前流れ⑤後ずさり　の５点である。それらの造語は私の感性であるが、下記にある様にどんどん増え続け、今も感じたままの言葉となっている。&#13;
 &#13;
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奥軸、中軸の３人目　軸なし３人目　パス当てGO　横三縦三斜三、すくい上げ　半タッチ　半々タッチ　３６０゜ターン　遊び場　フェイクバック　バックフェイクバック　切れ目受け　切れ切れ目受け　切れ目から切れ目へ移動　背中回り　シールドターン　ダブルポスト　カベパス１２３４５　４M判断　ゆっくりはやく　はやくゆっくり　へそ向き反対　漂い　向き変え　初動反対　横止め&#13;
などである。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
ベータ・VHSの機種の違うビデオから主とするプレーのカウンター表示を一つ一つ選択し、大学ノートに分類ごとに記した。&#13;
抜き出し作業には莫大なビデオ観戦と、膨大な編集が３ヶ月にわたり待っていた。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
そしてそれは１８年の時を経て、今回、佐々木好人コーチが編集したＦＣバルセロナのエルドリームチーム時代を中心とした歴代１００１ゴールから抜粋したゴールシーンのビデオに継承集約されていく。&#13;
 &#13;
　その編集されたバルサのビデオは、現地スペインから様々な方法を駆使し取り寄せられた素材により構成されており、まさに私が１８年前に見た多くのゴールシーンと同一の原理原則により発生した１１４ゴールが編集してあった。特に単独のチームがポゼッションをベースとし相手を崩す条件を全て満たしゴールを生み出していることには改めて驚かされ、胸がワクワクした。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
サッカーはトレーニングにおいて戦術・技術・体力・精神力の４つが同時に存在するものでなければ意味がないと考えている。どの様な絵を描きたいのか。構想があり、その実現のために技術は存在する。&#13;
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にほんブログ村&#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/37</id>
    <title>第１８回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=37"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2010-01-20T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2010-01-20T22:43:57+09:00</published>
    <modified>2010-01-22T14:46:23+09:00</modified>
    <summary>苟日新　　日日新　　　又日新　（大学）&#13;
 &#13;
 &#13;
まことに日に新たに. 日々新たに. また日に新たなり&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　新しい年を福井市で迎えた。新春の１月３日から大分市で開かれる第１３回全日本女子ユース（Ｕ－１８）サッカー選手権大会に出場する為、バスでの移動、休憩の地である。前日大晦日の早朝に仙台を出発、新潟経由で北陸道を南下するルートを選択した。途中石川県、富山県では北国特有の重いべた雪となっていく。その雪は日本海の波しぶきの如く、細い飛泡となって容赦なく私たちが進むバスに吹き付け、路面に降り積もっていった。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　元旦は大荒れの前日が嘘の様に晴れ渡り、穏やかな朝を迎えた。「一年の計は元旦にあり」と言う。純白な雪景色に今年のチームはどの様な足跡を刻むのか、ビジョナリーチームの継承、遂行には、そして真の飛躍には何が必要なのか。そんなことを考えながら、年末にＴＳＵＴＡＹＡで購入した全文がわずか１７５３字の小冊子「大学」に目を通す。&#13;
 &#13;
 &#13;
  苟日新　日日新　又日新。冒頭の言葉は他から押し付けられる事ではなく自分を鍛えようとする自覚的な努力を抜きにしての成長は考えられないという意味である。昔、殷の湯王という名君はこの言葉を洗面の器に刻み「修身」の決意を日々新たにしたといわれている。&#13;
 &#13;
 &#13;
　大会は残念ながら、予選リーグ敗退で６日に仙台に戻った。しばし、オフと考えていたが、根っからのサッカー好きの虫が疼くのか、第８８回全日本高校サッカー選手権大会を観戦する。歴史あるこの大会は底辺の拡大、普及に伴い、今や地域的なレベルの格差がなくなってきた。ましてここ５年は初優勝チームが続出、その傾向が今年度は顕著になり、インターハイベスト８のチームが全て途中敗退という結果であった。新興勢力が続出する激戦のなか、横森巧先生率いる山梨学院大学付属高校が初出場、そして初優勝した。&#13;
 &#13;
 &#13;
　先生の決勝でのベンチワークを拝見しながら９年前の２００１年、宮城国体での姿を思い浮かべる。１０月１３日に仙台市の国際ホテルにて開催された日本体育大学サッカー部のＯＢ会は全国から１４０人程のサッカー関係者が集い盛大に開かれた。席上、基調講演で、布啓一郎氏（現Ｕ－１８日本代表監督、日本サッカー協会副技術委員長、元市立船橋高校監督）そして、僭越ながら私が「私のサッカー観」という演題でお話をさせて頂いた。その席で真剣な眼差しで話を聞き、メモを取る先生の姿が決勝で采配を取る姿と重なり映った。先生の初戴冠は６７歳を迎えた新春に韮崎高校で3度の選手権準優勝の悔しさを糧に実現した。&#13;
 &#13;
 &#13;
先生に「継続は力なり」「過去は変えられない、しかし未来は変えられる」ことを教わった。&#13;
 &#13;
 &#13;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　チームもスタッフも又新しい目標ができた。&#13;
　　　　　　&#13;
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    <content type="text">苟日新　　日日新　　　又日新　（大学）&#13;
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まことに日に新たに. 日々新たに. また日に新たなり&#13;
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　新しい年を福井市で迎えた。新春の１月３日から大分市で開かれる第１３回全日本女子ユース（Ｕ－１８）サッカー選手権大会に出場する為、バスでの移動、休憩の地である。前日大晦日の早朝に仙台を出発、新潟経由で北陸道を南下するルートを選択した。途中石川県、富山県では北国特有の重いべた雪となっていく。その雪は日本海の波しぶきの如く、細い飛泡となって容赦なく私たちが進むバスに吹き付け、路面に降り積もっていった。&#13;
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　元旦は大荒れの前日が嘘の様に晴れ渡り、穏やかな朝を迎えた。「一年の計は元旦にあり」と言う。純白な雪景色に今年のチームはどの様な足跡を刻むのか、ビジョナリーチームの継承、遂行には、そして真の飛躍には何が必要なのか。そんなことを考えながら、年末にＴＳＵＴＡＹＡで購入した全文がわずか１７５３字の小冊子「大学」に目を通す。&#13;
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  苟日新　日日新　又日新。冒頭の言葉は他から押し付けられる事ではなく自分を鍛えようとする自覚的な努力を抜きにしての成長は考えられないという意味である。昔、殷の湯王という名君はこの言葉を洗面の器に刻み「修身」の決意を日々新たにしたといわれている。&#13;
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　大会は残念ながら、予選リーグ敗退で６日に仙台に戻った。しばし、オフと考えていたが、根っからのサッカー好きの虫が疼くのか、第８８回全日本高校サッカー選手権大会を観戦する。歴史あるこの大会は底辺の拡大、普及に伴い、今や地域的なレベルの格差がなくなってきた。ましてここ５年は初優勝チームが続出、その傾向が今年度は顕著になり、インターハイベスト８のチームが全て途中敗退という結果であった。新興勢力が続出する激戦のなか、横森巧先生率いる山梨学院大学付属高校が初出場、そして初優勝した。&#13;
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　先生の決勝でのベンチワークを拝見しながら９年前の２００１年、宮城国体での姿を思い浮かべる。１０月１３日に仙台市の国際ホテルにて開催された日本体育大学サッカー部のＯＢ会は全国から１４０人程のサッカー関係者が集い盛大に開かれた。席上、基調講演で、布啓一郎氏（現Ｕ－１８日本代表監督、日本サッカー協会副技術委員長、元市立船橋高校監督）そして、僭越ながら私が「私のサッカー観」という演題でお話をさせて頂いた。その席で真剣な眼差しで話を聞き、メモを取る先生の姿が決勝で采配を取る姿と重なり映った。先生の初戴冠は６７歳を迎えた新春に韮崎高校で3度の選手権準優勝の悔しさを糧に実現した。&#13;
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先生に「継続は力なり」「過去は変えられない、しかし未来は変えられる」ことを教わった。&#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/36</id>
    <title>第１７回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=36"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-12-08T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-12-09T15:50:04+09:00</published>
    <modified>2009-12-10T16:01:55+09:00</modified>
    <summary>BLANKET（ひざ掛け）&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 色鮮やかなタータンのブランケットを父からプレゼントされたのは1961年12月24日（48年前・小学校3年生）のクリスマスイブの早朝だった。&#13;
 &#13;
 &#13;
　ブランケットは前日のクリスマス会で引き当てたものだという。「すわろう会」と名付けられたこの会は、職種の異なる人が月に一回町の発展、活性化を狙いとして情報交換をする会であり、半世紀を超えた現在も継続している（2008年10月に50周年（例会600回記念会が行われた）。特に12月は忘年会・クリスマス会も兼ねて盛大に行われ、各人がプレゼントを持ち寄り、抽選で交換が行われた。そこで偶然父が引き当てたブランケットは町の眼科医の故板橋慶行先生（弓道教師8段）がアメリカの知人に譲られたものだという。初めて目にする赤と緑をベースにしたタータン柄のブランケットは鮮烈で、回りのダークな色合いとの対比に、目を凝らして見入った記憶が蘇る。&#13;
 &#13;
 &#13;
　以来、このブランケットは半世紀近くにわたり、グローブ（手袋）、マフラーとセットで必需品となり、私の体の一部となっている。冬の陽が落ちると急激に寒さが増すグラウンドには、鮮やかなレッドの差し色となるブランケットがよく映える。今は、膨よかさも柔らかさもなくなってしまったが、伝統に育まれた個性ある不変の色が絶妙の色合いを醸し出し全体を品よくまとめている。&#13;
 &#13;
 &#13;
　外山滋比古氏著書の、東大・京大で一番読まれベストセラーとなり100万部を突破したという「思考の整理学」という本に次の様に記されている。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
「忘れるのは関心のない何よりの証拠である。・・・」&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　きっと半世紀にわたり冬になると一度も忘れた事のないブランケットは、私にとって関心のあるものなのかもしれない。一色、一色が個性ある色の集合体でありながらブランケットになるとまったく違う色彩となる現状を見るにつけ「全体は部分の総和にあらず」という言葉を思い出す。チームゲームの根幹は個の育成を最優先し、しっかりしたビジョンでトレーニングすることにある。それは、選手一人ひとりが局面で個で勝ると判断すればパス受けに回り、劣ると判断すれば、サポートに回ることにつながる。&#13;
　&#13;
　私達が目指すフットボールは、しっかりとした個に裏打ちされつつチーム全体が一つの意図を読み解き、ポテンシャルの高いポゼッションに拘り、ボールを媒体として美しいハーモニーを奏でる、いうなればブランケットの様なものでありたい。&#13;
 &#13;
「人生と共にサッカーは芸術である」&#13;
 &#13;
 &#13;
それにしても、日々通勤路として車を走らす宮城県美術館からサッカーの問い合わせがまだない。&#13;
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    <content type="text">BLANKET（ひざ掛け）&#13;
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 色鮮やかなタータンのブランケットを父からプレゼントされたのは1961年12月24日（48年前・小学校3年生）のクリスマスイブの早朝だった。&#13;
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　ブランケットは前日のクリスマス会で引き当てたものだという。「すわろう会」と名付けられたこの会は、職種の異なる人が月に一回町の発展、活性化を狙いとして情報交換をする会であり、半世紀を超えた現在も継続している（2008年10月に50周年（例会600回記念会が行われた）。特に12月は忘年会・クリスマス会も兼ねて盛大に行われ、各人がプレゼントを持ち寄り、抽選で交換が行われた。そこで偶然父が引き当てたブランケットは町の眼科医の故板橋慶行先生（弓道教師8段）がアメリカの知人に譲られたものだという。初めて目にする赤と緑をベースにしたタータン柄のブランケットは鮮烈で、回りのダークな色合いとの対比に、目を凝らして見入った記憶が蘇る。&#13;
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　以来、このブランケットは半世紀近くにわたり、グローブ（手袋）、マフラーとセットで必需品となり、私の体の一部となっている。冬の陽が落ちると急激に寒さが増すグラウンドには、鮮やかなレッドの差し色となるブランケットがよく映える。今は、膨よかさも柔らかさもなくなってしまったが、伝統に育まれた個性ある不変の色が絶妙の色合いを醸し出し全体を品よくまとめている。&#13;
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　外山滋比古氏著書の、東大・京大で一番読まれベストセラーとなり100万部を突破したという「思考の整理学」という本に次の様に記されている。&#13;
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「忘れるのは関心のない何よりの証拠である。・・・」&#13;
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　きっと半世紀にわたり冬になると一度も忘れた事のないブランケットは、私にとって関心のあるものなのかもしれない。一色、一色が個性ある色の集合体でありながらブランケットになるとまったく違う色彩となる現状を見るにつけ「全体は部分の総和にあらず」という言葉を思い出す。チームゲームの根幹は個の育成を最優先し、しっかりしたビジョンでトレーニングすることにある。それは、選手一人ひとりが局面で個で勝ると判断すればパス受けに回り、劣ると判断すれば、サポートに回ることにつながる。&#13;
　&#13;
　私達が目指すフットボールは、しっかりとした個に裏打ちされつつチーム全体が一つの意図を読み解き、ポテンシャルの高いポゼッションに拘り、ボールを媒体として美しいハーモニーを奏でる、いうなればブランケットの様なものでありたい。&#13;
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「人生と共にサッカーは芸術である」&#13;
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それにしても、日々通勤路として車を走らす宮城県美術館からサッカーの問い合わせがまだない。&#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/35</id>
    <title>第１６回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=35"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-11-27T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-11-27T17:12:55+09:00</published>
    <modified>2009-11-28T09:54:51+09:00</modified>
    <summary> &#13;
眼鏡（めがね）&#13;
 &#13;
クラブハウスの本棚の片隅に紐で綴じ込まれた４冊の冊子がある。&#13;
 &#13;
　１９８５年創部当初からの各大会のプログラムである。几帳面な性格の堀内部長が纏め上げたもので、そこには先生のちょっとした感想、戦評なども添えてある。1つの冊子のページを捲ると、１９９０年８月１５日（水）～１９日（日）に神戸ユニバーシアード記念競技場を主会場として行われた第６回全国高校女子サッカー大会のプログラムが目にとまった。&#13;
 &#13;
　プログラムを読みながら当時を回想してみる。その年は例年になく猛暑が続いたこと、Jリーグ開幕１９９３年（プレシーズンは１９９２年）前だったのでサッカーに対するマスコミの記事・雑誌が多くの場所で目に付いたこと、そして何よりもチームが初めて全国大会の決勝（ファイナル）に駒を進める事が出来たことである。この大会は日本女子サッカー発祥の地神戸で女子の普及、発展、強化を見すえて１９８５年から始まった（第１回大会～第２回大会は京都西山高校グラウンドで開催された）。各サッカー協会の尽力で大会がスムーズに運営され、年を追うごとに参加チームが増大。第７回まで続く。その後は全日本高校女子サッカー選手権大会として移行継続、選手権は１０回目の大会まで神戸市で続くこととなる。（１１回大会は静岡県磐田市、１２回大会は埼玉県熊谷市、１３回以降は磐田市での継続開催となっている。）&#13;
　&#13;
　この第６回大会には全国から３４チームが参加した。３チームずつの１次リーグ（１つが４チームの変則）１１ブロックに分かれ、上位１チームが２次リーグへ、そして19日最終日には、準決勝（セミファイナル）、決勝（ファイナル）が行われるという、４日間で6試合超えのハードなスケジュールであった。チームはファイナルまでの5試合で得点26点、失点３の内容で、ＭＦの田中（日本代表候補、日本女子リーグ東西対抗出場、シロキセレーナＦ．Ｃ）、が１０得点、同じく西尾美香（プリマハムＦ．Ｃ　全日本選手権優勝２回　U-23日本代表）が１０得点をあげ、両エースが計20点を量産した。&#13;
 &#13;
　決勝（ファイナル）の相手は埼玉高校（現・埼玉平成高校）だった。圧倒的にゲームを支配するも、前半終了間際のF.Kが直接クロスバーをたたき、はね返りを押し込まれ、失点。田中が4人抜きのドリブルシュートを決め同点とするも、その後は、互いに延長戦まで譲らずP.K戦で（０－３）で敗れた。（埼玉高校は3人成功、我チームは３人共クロスバーに）&#13;
 &#13;
連日2試合のゲームと、猛暑の影響もあってか、延長後半には足をつる選手が4人も続出した。ふと選手を見ると午後７：００のナイターでのKick.offも手伝い、対角での選手の表情、背番号が見えない自分自身に気が付いた。そして、この試合で私は、選手交代の際に「６番」と「８番」、「７番」と「１１番」を間違えて交代してしまったのである。&#13;
 &#13;
敗戦後、宿泊先の京都まで向かうJRの中で帰仙したら、眼鏡を購入しなければと考えた。その日以来、眼鏡は私の体の一部となり、なくてはならない必需品となっていった。&#13;
 &#13;
　宮城県工業高等学校2年の早春（1969年）、後に日本サッカーの育ての親といわれる西ドイツのデッドマール・クラーマー氏に千葉県検見川で次の様な事を学んだ。&#13;
 &#13;
「見ること自体は目である。しかし、それを判断したり、感じたりするのは精神である。」と・・・・&#13;
 &#13;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　いつの日にかは、全てのものを心眼で見れるよう努力を続けていきたいものである。&#13;
 &#13;
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にほんブログ村&#13;
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 &#13;
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・&#13;
追伸&#13;
「人生は芸術だ」の更新も遅くなりまして大変申しわけありませんでした。&#13;
また、更新を楽しみにしてサイトに来られた多くの方々にも深くお詫び申し上げます。&#13;
現在、サイトも３００００アクセスを超える勢いで訪問者数も確実に伸びております。&#13;
今後ともよろしくお願いします。&#13;
 &#13;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　サイト管理者</summary>
    <content type="text"> &#13;
眼鏡（めがね）&#13;
 &#13;
クラブハウスの本棚の片隅に紐で綴じ込まれた４冊の冊子がある。&#13;
 &#13;
　１９８５年創部当初からの各大会のプログラムである。几帳面な性格の堀内部長が纏め上げたもので、そこには先生のちょっとした感想、戦評なども添えてある。1つの冊子のページを捲ると、１９９０年８月１５日（水）～１９日（日）に神戸ユニバーシアード記念競技場を主会場として行われた第６回全国高校女子サッカー大会のプログラムが目にとまった。&#13;
 &#13;
　プログラムを読みながら当時を回想してみる。その年は例年になく猛暑が続いたこと、Jリーグ開幕１９９３年（プレシーズンは１９９２年）前だったのでサッカーに対するマスコミの記事・雑誌が多くの場所で目に付いたこと、そして何よりもチームが初めて全国大会の決勝（ファイナル）に駒を進める事が出来たことである。この大会は日本女子サッカー発祥の地神戸で女子の普及、発展、強化を見すえて１９８５年から始まった（第１回大会～第２回大会は京都西山高校グラウンドで開催された）。各サッカー協会の尽力で大会がスムーズに運営され、年を追うごとに参加チームが増大。第７回まで続く。その後は全日本高校女子サッカー選手権大会として移行継続、選手権は１０回目の大会まで神戸市で続くこととなる。（１１回大会は静岡県磐田市、１２回大会は埼玉県熊谷市、１３回以降は磐田市での継続開催となっている。）&#13;
　&#13;
　この第６回大会には全国から３４チームが参加した。３チームずつの１次リーグ（１つが４チームの変則）１１ブロックに分かれ、上位１チームが２次リーグへ、そして19日最終日には、準決勝（セミファイナル）、決勝（ファイナル）が行われるという、４日間で6試合超えのハードなスケジュールであった。チームはファイナルまでの5試合で得点26点、失点３の内容で、ＭＦの田中（日本代表候補、日本女子リーグ東西対抗出場、シロキセレーナＦ．Ｃ）、が１０得点、同じく西尾美香（プリマハムＦ．Ｃ　全日本選手権優勝２回　U-23日本代表）が１０得点をあげ、両エースが計20点を量産した。&#13;
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　決勝（ファイナル）の相手は埼玉高校（現・埼玉平成高校）だった。圧倒的にゲームを支配するも、前半終了間際のF.Kが直接クロスバーをたたき、はね返りを押し込まれ、失点。田中が4人抜きのドリブルシュートを決め同点とするも、その後は、互いに延長戦まで譲らずP.K戦で（０－３）で敗れた。（埼玉高校は3人成功、我チームは３人共クロスバーに）&#13;
 &#13;
連日2試合のゲームと、猛暑の影響もあってか、延長後半には足をつる選手が4人も続出した。ふと選手を見ると午後７：００のナイターでのKick.offも手伝い、対角での選手の表情、背番号が見えない自分自身に気が付いた。そして、この試合で私は、選手交代の際に「６番」と「８番」、「７番」と「１１番」を間違えて交代してしまったのである。&#13;
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敗戦後、宿泊先の京都まで向かうJRの中で帰仙したら、眼鏡を購入しなければと考えた。その日以来、眼鏡は私の体の一部となり、なくてはならない必需品となっていった。&#13;
 &#13;
　宮城県工業高等学校2年の早春（1969年）、後に日本サッカーの育ての親といわれる西ドイツのデッドマール・クラーマー氏に千葉県検見川で次の様な事を学んだ。&#13;
 &#13;
「見ること自体は目である。しかし、それを判断したり、感じたりするのは精神である。」と・・・・&#13;
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　いつの日にかは、全てのものを心眼で見れるよう努力を続けていきたいものである。&#13;
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追伸&#13;
「人生は芸術だ」の更新も遅くなりまして大変申しわけありませんでした。&#13;
また、更新を楽しみにしてサイトに来られた多くの方々にも深くお詫び申し上げます。&#13;
現在、サイトも３００００アクセスを超える勢いで訪問者数も確実に伸びております。&#13;
今後ともよろしくお願いします。&#13;
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　サイト管理者</content>
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/33</id>
    <title>第１５回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=33"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-11-09T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-11-11T10:29:59+09:00</published>
    <modified>2009-11-13T12:23:23+09:00</modified>
    <summary>漢字考察&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　小学校１年生の時に初めて漢字を教わった。もう半世紀も前のことなので、あまり定かではないが始めて眼にする漢字は花、人、男、女などで数は70～80字前後だったと記憶している。それまでのひらがなだけの文章に入る漢字はやけに新鮮で、もう少し勉強すれば、父のお気に入りの「朝日新聞が読めるね」と母に上ずった声で話し掛けた事を思いおこす。以来、否が応でも毎日必然的に目にする漢字は生活に必要不可欠な存在となっていく。&#13;
 &#13;
　中国で生じて、甲骨文字、銅銘文（金文）、小篆、隷書、楷書などの変化を遂げ、一つ一つに深い意味のある漢字は、実に多彩な表情を備えている。&#13;
 &#13;
　例えば女という文字は子供を抱き愛でる姿を表現しているといわれている。「女」へんに「市（一番）」で姉、「末」で「妹」、はたまた家が加われば「嫁」になり、古ければ「姑」となるなどつくづく良く考えられたものだと感心する。そして躾とは身を美しくすると解釈することができるし、これからの時代に不可欠な「情報」とは真の意味で多くの「情」を感じ取り、選択をし，その事に「報ずる」ことではないかと訳せる。&#13;
 &#13;
 &#13;
　私たちサッカー部には、北は北海道、南は沖縄と全国津々浦々から３１名の県外選手がいるが、両親が選手の意思を尊重し、頑張って家計をやりくりしてくれるお陰で、始めて選手はプレーができることを忘れてはならない。&#13;
 &#13;
　そういえば親という漢字は、木の上に立って見ると読み取ることができる。まさしく遠く離れていても、木の上から見守っていく姿に合致していく。&#13;
 &#13;
 &#13;
　今年も早いもので１１月のなかばを迎えている。&#13;
 &#13;
 &#13;
　来月はもう師走、先生も走ると書く位忙しくあわただしい月を迎える。&#13;
　今年の師走は心を亡ずる（忙）事なく、ゆっくりと一歩一歩着実に歩みたいものである。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
photo by natuyumeiro&#13;
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 </summary>
    <content type="text">漢字考察&#13;
 &#13;
 &#13;
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　小学校１年生の時に初めて漢字を教わった。もう半世紀も前のことなので、あまり定かではないが始めて眼にする漢字は花、人、男、女などで数は70～80字前後だったと記憶している。それまでのひらがなだけの文章に入る漢字はやけに新鮮で、もう少し勉強すれば、父のお気に入りの「朝日新聞が読めるね」と母に上ずった声で話し掛けた事を思いおこす。以来、否が応でも毎日必然的に目にする漢字は生活に必要不可欠な存在となっていく。&#13;
 &#13;
　中国で生じて、甲骨文字、銅銘文（金文）、小篆、隷書、楷書などの変化を遂げ、一つ一つに深い意味のある漢字は、実に多彩な表情を備えている。&#13;
 &#13;
　例えば女という文字は子供を抱き愛でる姿を表現しているといわれている。「女」へんに「市（一番）」で姉、「末」で「妹」、はたまた家が加われば「嫁」になり、古ければ「姑」となるなどつくづく良く考えられたものだと感心する。そして躾とは身を美しくすると解釈することができるし、これからの時代に不可欠な「情報」とは真の意味で多くの「情」を感じ取り、選択をし，その事に「報ずる」ことではないかと訳せる。&#13;
 &#13;
 &#13;
　私たちサッカー部には、北は北海道、南は沖縄と全国津々浦々から３１名の県外選手がいるが、両親が選手の意思を尊重し、頑張って家計をやりくりしてくれるお陰で、始めて選手はプレーができることを忘れてはならない。&#13;
 &#13;
　そういえば親という漢字は、木の上に立って見ると読み取ることができる。まさしく遠く離れていても、木の上から見守っていく姿に合致していく。&#13;
 &#13;
 &#13;
　今年も早いもので１１月のなかばを迎えている。&#13;
 &#13;
 &#13;
　来月はもう師走、先生も走ると書く位忙しくあわただしい月を迎える。&#13;
　今年の師走は心を亡ずる（忙）事なく、ゆっくりと一歩一歩着実に歩みたいものである。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
photo by natuyumeiro&#13;
にほんブログ村&#13;
 </content>
  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/32</id>
    <title>第１４回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=32"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-10-20T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-10-21T19:03:31+09:00</published>
    <modified>2009-10-22T11:21:02+09:00</modified>
    <summary> &#13;
第１４回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　&#13;
 &#13;
 &#13;
　小さい針の音&#13;
 &#13;
　ある田舎の小学校に一人の青年教師がいた。その青年は真実に小さな子どもたちを教えた。しかし青年は立身出世を夢見て都会に出る決心をする。大好きな先生をよく知る子どもたちは少しづつのお金を持ちより、「私たちをいつまでも忘れないで」との思いを込めて懐中時計を贈る。都会に出た青年は時計の刻む音と子どもたちの姿を思い勉学に励む。時計は一分一秒の狂いもなく正確に時を刻み続けた。&#13;
 &#13;
　ある時、ふとしたはずみで時計の裏側に小さなへこみを作ってしまう。時を経て青年は成功をおさめ、時計を古道具屋に売ってしまう。以来、身分が変わり、服装が変わり、会社を興し、プラチナの時計を持つようになる。しかし彼の求めた高価な時計は何度買い替えても正確に時を刻むことはなかった。ある日彼はプラチナの時計を取り出し、社員たちへため息交じりに「私の時計はいつも３分程遅れる」と話したところ、「私のなんか７分も遅れますよ」とか「私のものは日止まりがしますよ」などと話す社員が続出、しかしある社員だけが「僕の時計は不思議に一分一秒も狂いません」と答えた。彼は時計裏のへこみを発見し、自分が若かりし頃子どもたちにいただいた、時計との偶然の遭遇に驚く、「君、このプラチナの時計と変えてくれ」と懇願するが、社員は「この時計は私が一生懸命働いて、やっとの思いで露店で求めたもので、私にとってはその日から苦楽を共にしてきました。この時計を売ったり、交換をしたりする事はできませんが、あなたが愛してくださるなら差し上げます」と話す。&#13;
 &#13;
　家に帰り彼は今ままで忘れていたことが脳裏をかすめ、苦学時代の過去を思いだしてゆく、そしてカチカチと秒を刻む音を聞きながら安らかな眠りに入った。&#13;
 &#13;
　彼はよれよれの袴をはき、すきま風の吹く寒村の教壇に立っていた。&#13;
　熱心に子どもを見守る彼の顔　。　&#13;
　「みんな大きくなったら、どんな人になろうと思いますか？」&#13;
　「先生、先生」と競いながら上げるかわいい手。&#13;
　一人のほほを赤くした女の子が「いい人になります」と答えた。&#13;
　「いい人間ってどんな人ですか？」と彼は聞く。&#13;
　子どもは躊躇なく笑顔で「世の中のために働く人になります」と答えた。&#13;
　子どもの純情さに思わず感動した瞬間に夢から醒めた。&#13;
　&#13;
　　　・・・・・・・私は今まで何をしていたのだ。&#13;
　　しばらくの間、カチカチと時を刻む時計の音は無邪気な子供の笑い声に聞こえていた。&#13;
 &#13;
この物語は小川未明童話集と名づけられた新潮文庫発刊の一遍を私なりにまとめたものです。&#13;
初版が昭和２６年１１月発行で私と同齢（５８才）である。以来平成１３年５月には７２版を重ね、多くの人々に読まれ、愛され続けてきた本である。２８の短遍からなるこの童話集は、子どもが持つ自然な悲しみ、喜び、楽しみ、怒りを世に訴え、次の世代を継ぐ子どもたちの文化を非常に真面目に考えている点にある。&#13;
 &#13;
「読書の秋」という&#13;
 &#13;
読書をする素晴らしさは人間の生き方の事実を知る事ばかりでなく、価値を知る事の重要性を示してくれることにつながる。&#13;
 &#13;
「愛情を以て見れば、凡てのもの、みなそれぞれに美しい」　　　　小川未明　　（1882～1961）&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
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    <content type="text"> &#13;
第１４回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　&#13;
 &#13;
 &#13;
　小さい針の音&#13;
 &#13;
　ある田舎の小学校に一人の青年教師がいた。その青年は真実に小さな子どもたちを教えた。しかし青年は立身出世を夢見て都会に出る決心をする。大好きな先生をよく知る子どもたちは少しづつのお金を持ちより、「私たちをいつまでも忘れないで」との思いを込めて懐中時計を贈る。都会に出た青年は時計の刻む音と子どもたちの姿を思い勉学に励む。時計は一分一秒の狂いもなく正確に時を刻み続けた。&#13;
 &#13;
　ある時、ふとしたはずみで時計の裏側に小さなへこみを作ってしまう。時を経て青年は成功をおさめ、時計を古道具屋に売ってしまう。以来、身分が変わり、服装が変わり、会社を興し、プラチナの時計を持つようになる。しかし彼の求めた高価な時計は何度買い替えても正確に時を刻むことはなかった。ある日彼はプラチナの時計を取り出し、社員たちへため息交じりに「私の時計はいつも３分程遅れる」と話したところ、「私のなんか７分も遅れますよ」とか「私のものは日止まりがしますよ」などと話す社員が続出、しかしある社員だけが「僕の時計は不思議に一分一秒も狂いません」と答えた。彼は時計裏のへこみを発見し、自分が若かりし頃子どもたちにいただいた、時計との偶然の遭遇に驚く、「君、このプラチナの時計と変えてくれ」と懇願するが、社員は「この時計は私が一生懸命働いて、やっとの思いで露店で求めたもので、私にとってはその日から苦楽を共にしてきました。この時計を売ったり、交換をしたりする事はできませんが、あなたが愛してくださるなら差し上げます」と話す。&#13;
 &#13;
　家に帰り彼は今ままで忘れていたことが脳裏をかすめ、苦学時代の過去を思いだしてゆく、そしてカチカチと秒を刻む音を聞きながら安らかな眠りに入った。&#13;
 &#13;
　彼はよれよれの袴をはき、すきま風の吹く寒村の教壇に立っていた。&#13;
　熱心に子どもを見守る彼の顔　。　&#13;
　「みんな大きくなったら、どんな人になろうと思いますか？」&#13;
　「先生、先生」と競いながら上げるかわいい手。&#13;
　一人のほほを赤くした女の子が「いい人になります」と答えた。&#13;
　「いい人間ってどんな人ですか？」と彼は聞く。&#13;
　子どもは躊躇なく笑顔で「世の中のために働く人になります」と答えた。&#13;
　子どもの純情さに思わず感動した瞬間に夢から醒めた。&#13;
　&#13;
　　　・・・・・・・私は今まで何をしていたのだ。&#13;
　　しばらくの間、カチカチと時を刻む時計の音は無邪気な子供の笑い声に聞こえていた。&#13;
 &#13;
この物語は小川未明童話集と名づけられた新潮文庫発刊の一遍を私なりにまとめたものです。&#13;
初版が昭和２６年１１月発行で私と同齢（５８才）である。以来平成１３年５月には７２版を重ね、多くの人々に読まれ、愛され続けてきた本である。２８の短遍からなるこの童話集は、子どもが持つ自然な悲しみ、喜び、楽しみ、怒りを世に訴え、次の世代を継ぐ子どもたちの文化を非常に真面目に考えている点にある。&#13;
 &#13;
「読書の秋」という&#13;
 &#13;
読書をする素晴らしさは人間の生き方の事実を知る事ばかりでなく、価値を知る事の重要性を示してくれることにつながる。&#13;
 &#13;
「愛情を以て見れば、凡てのもの、みなそれぞれに美しい」　　　　小川未明　　（1882～1961）&#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/31</id>
    <title>第１３回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=31"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-10-07T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-10-08T12:38:04+09:00</published>
    <modified>2009-10-09T11:06:40+09:00</modified>
    <summary> 「ＴＲＥＮＣＨ　ＣＯＡＴ　（トレンチコート）」&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　陽が落ちる夕方５時、グラウンドには照明を灯す時刻がくる。肌に感じる外気の温度は１０日程前の体感とは明らかに違い、本格的な秋の到来を感じさせる。傍らで元気にトレーニングに励む選手達の姿にも長袖のウェアが目立ちはじめ、次のＧＡＭＥを待つ選手はもうベンチコートに身を包んでいる。&#13;
  この時期を迎えると私はトラディショナルな歴史と深い意味のデティールを併せもつトレンチコートが無性に恋しくなる。&#13;
  それは大学4年生の時（197４年11月）だった。関東大学リーグの法大戦が終わり、合宿所に戻る東横線で目にした４０才を過ぎた紳士が纏うトレンチコートに目を奪われた。以来４０才を過ぎたらトレンチコートを纏う。憧れだった。&#13;
 &#13;
 &#13;
　ＣＯＡＴにはステンカラーコート、ダッフルコート、チェスターフィールドコートなど、用途に応じた多くの種類がある。それは本来、防寒や防風、防水を目的とした常に外敵と対峙している機能服だ。なかでもking of　COATと呼称されるトレンチコートは多くの変遷を重ねてきた。前身をタイロッケンと名付けられたシンプルなコートは、ボタンがなく袖付けはセットインスリーブ、そしてウェストのベルトを締めるだけの簡易なものだった。&#13;
　変革は1880年、トーマス、バーバリーが紡ぐ過程で防水液に浸した糸を６０度の斜文で織り上げ、極めて撥水性の高い素材により飛躍的に進歩を遂げた事に端を発する。&#13;
　クリミア戦争では英国軍司令官ラグラン将軍の考案による改良を経て（ラグラン袖とは、運動性の確保、肩、腕を負傷した兵士を素早く手当てする際、袖を切り開く作業を簡易にしたスリーブ）大量生産され、遮風性や防水性、そして装備品を備えたデティールは、第1次世界大戦の塹壕戦でも抜群の威力を発揮した（トレンチとは「塹壕」を意味することでも知られている）。そして多数の犠牲を払ったこの戦争は1920年に終結を迎えるが、戦場で証明された優秀な防水性、そして勝者を象徴する装束はたちまち英国民の心をとらえた。&#13;
 &#13;
 &#13;
歴史に裏打ちされたトレンチコートが醸し出す、不変のシルエットは武骨な男の匂いを漂わせている。&#13;
 &#13;
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    <content type="text"> 「ＴＲＥＮＣＨ　ＣＯＡＴ　（トレンチコート）」&#13;
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　陽が落ちる夕方５時、グラウンドには照明を灯す時刻がくる。肌に感じる外気の温度は１０日程前の体感とは明らかに違い、本格的な秋の到来を感じさせる。傍らで元気にトレーニングに励む選手達の姿にも長袖のウェアが目立ちはじめ、次のＧＡＭＥを待つ選手はもうベンチコートに身を包んでいる。&#13;
  この時期を迎えると私はトラディショナルな歴史と深い意味のデティールを併せもつトレンチコートが無性に恋しくなる。&#13;
  それは大学4年生の時（197４年11月）だった。関東大学リーグの法大戦が終わり、合宿所に戻る東横線で目にした４０才を過ぎた紳士が纏うトレンチコートに目を奪われた。以来４０才を過ぎたらトレンチコートを纏う。憧れだった。&#13;
 &#13;
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　ＣＯＡＴにはステンカラーコート、ダッフルコート、チェスターフィールドコートなど、用途に応じた多くの種類がある。それは本来、防寒や防風、防水を目的とした常に外敵と対峙している機能服だ。なかでもking of　COATと呼称されるトレンチコートは多くの変遷を重ねてきた。前身をタイロッケンと名付けられたシンプルなコートは、ボタンがなく袖付けはセットインスリーブ、そしてウェストのベルトを締めるだけの簡易なものだった。&#13;
　変革は1880年、トーマス、バーバリーが紡ぐ過程で防水液に浸した糸を６０度の斜文で織り上げ、極めて撥水性の高い素材により飛躍的に進歩を遂げた事に端を発する。&#13;
　クリミア戦争では英国軍司令官ラグラン将軍の考案による改良を経て（ラグラン袖とは、運動性の確保、肩、腕を負傷した兵士を素早く手当てする際、袖を切り開く作業を簡易にしたスリーブ）大量生産され、遮風性や防水性、そして装備品を備えたデティールは、第1次世界大戦の塹壕戦でも抜群の威力を発揮した（トレンチとは「塹壕」を意味することでも知られている）。そして多数の犠牲を払ったこの戦争は1920年に終結を迎えるが、戦場で証明された優秀な防水性、そして勝者を象徴する装束はたちまち英国民の心をとらえた。&#13;
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歴史に裏打ちされたトレンチコートが醸し出す、不変のシルエットは武骨な男の匂いを漂わせている。&#13;
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 </content>
  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/3/30</id>
    <title>（第３回）　インタビュー・ＯＧ探訪　　大山百合子 &lt;拈華微笑&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=30"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-10-06T13:36:00+09:00</updated>
    <published>2009-10-06T14:11:31+09:00</published>
    <modified>2009-10-09T11:27:38+09:00</modified>
    <summary>第3回の蓮華微笑。今回は、１回目のＯＧ探訪企画として、７回期生（平成５年度卒業）の大山百合子さんをご紹介します。&#13;
大山さんは、聖和学園高等学校を卒業後、シロキＦＣ・日テレベレーザ・BriositaAKITA（秋田県国体の強化担当・選手兼監督）等で活躍され、現在はエスパニヨールで活躍する中村選手がプロデュースした -ShunsukePark-に勤務され、低年齢層の子どもたちのサッカーコーチとして活躍されています。 &#13;
 &#13;
&#13;
大山　百合子&#13;
秋田県出身：７回生&#13;
 ○　大山百合子さんの簡単なプロフィールは下記の通りです。 &#13;
 &#13;
サッカー歴：  　　　　（８歳～１２歳）　秋田中通スポーツ少年団         　　　　　　　　     (～１５歳）　 秋田レディースFC                              （～１８歳）   聖和学園高等学校サッカー部  　　                 　     （～２３歳）   シロキFC．セレーナ所属  　　　                      （～２４歳）   宝塚バニーズSC所属  　　　                      （～２５歳）   妻沼毎日セイントミュートス所属  　　　                      （～２７歳）   日・テレBELEZA所属  　　　                      （～３２歳）   BriositaAKITA  　　　                      （～現在 ）   妻沼毎日セイントミュートス所属&#13;
                                 （財）日本サッカー協会公認Ｂ級ライセンス取得   &#13;
   &#13;
 Ｑ１．今年でサッカー部が２５周年を迎えますがどのようなお気持ちですか？   &#13;
        ２５周年… とても歴史を感じています。１４年前に在籍していたので、卒業してからだいぶ経ちました…。  　　　薬師堂に校舎があった頃でしたので、あの小さなグランドが懐かしいです。（枇杷の木も！）&#13;
　　　　&#13;
&#13;
 &#13;
　　　　　　（在籍中は２度の全国制覇を経験した。写真は第２回全日本高等学校女子サッカー選手権大会）&#13;
 &#13;
　　※全日本高等学校女子サッカー選手権大会は今年で１８回を数えるが、その記念すべき第１回大会で優勝した）&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
Ｑ２．現在指導者としてご活躍中という事ですがどの様な活動をされていますか？&#13;
   &#13;
 &#13;
横浜にあるデパート屋上のフットサルコートで、２～１２歳までの子どもを対象とした、Soccer　Schoolのコーチをしています。詳しくは-ShunsukeParkのＨＰをご覧ください。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
ShunsukePark未就園児スクールも担当している&#13;
 &#13;
  Ｑ３．聖和学園で一番思い出深かった出来事を教えて下さい。&#13;
  　　　&#13;
たくさんの人達（先生・スタッフ・先輩・後輩・仲間）と知り合えたことが思い出深いです。そして今でもSEIWAを通じて、いろんな人と出逢えていることも事実です。   &#13;
特に１年生の時、全国大会で優勝したこと。２年生の時も、全国大会で優勝したこと。そして３年生の東北予選で、右膝をケガしてしまい、全国大会で３位だったことが印象に残っていますし、今でも目を閉じればあの頃の思い出がよみがえります。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
  　　　     Ｑ４．私たち聖和学園サッカー部はＶＩＳＩＯＮＡＲＹＴＥＡＭを目指しているわけですが１００年後のサッカー部に期待していることを教えて下さい。&#13;
 &#13;
　　　　私が１００年後のFC.SEIWAに期待したいことは以下の３つです。  　　　&#13;
　　　　・　　ボールを大切にして、メッセージのあるSoccerを貫いてください。&#13;
  　　　・　　ワクワクするようなSoccerを魅せ続けてください。&#13;
  　　　・　　色々な人に愛されるチームでいてください。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
 &#13;
Ｑ５．最後に貴女にとって聖和サッカー部とはどのような存在ですか？&#13;
 &#13;
  　　　サッカー部は、現在の自分の原点になった場所です。そして、聖和サッカーは考えることの面白さ、本当の意味でのSoccerの面白さを教えてくれた存在です。だからこそ、聖和学園サッカー部をこれからも、ずっとずっと応援していきたいと思います。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
↑　今夏の全国大会も磐田に応援に来てくれました。いつもありがとうございます。写真は試合終了後の一コマ。&#13;
 &#13;
お忙しい時にインタビューに対応して頂きました。&#13;
心から感謝しています。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
にほんブログ村&#13;
 &#13;
</summary>
    <content type="text">第3回の蓮華微笑。今回は、１回目のＯＧ探訪企画として、７回期生（平成５年度卒業）の大山百合子さんをご紹介します。&#13;
大山さんは、聖和学園高等学校を卒業後、シロキＦＣ・日テレベレーザ・BriositaAKITA（秋田県国体の強化担当・選手兼監督）等で活躍され、現在はエスパニヨールで活躍する中村選手がプロデュースした -ShunsukePark-に勤務され、低年齢層の子どもたちのサッカーコーチとして活躍されています。 &#13;
 &#13;
&#13;
大山　百合子&#13;
秋田県出身：７回生&#13;
 ○　大山百合子さんの簡単なプロフィールは下記の通りです。 &#13;
 &#13;
サッカー歴：  　　　　（８歳～１２歳）　秋田中通スポーツ少年団         　　　　　　　　     (～１５歳）　 秋田レディースFC                              （～１８歳）   聖和学園高等学校サッカー部  　　                 　     （～２３歳）   シロキFC．セレーナ所属  　　　                      （～２４歳）   宝塚バニーズSC所属  　　　                      （～２５歳）   妻沼毎日セイントミュートス所属  　　　                      （～２７歳）   日・テレBELEZA所属  　　　                      （～３２歳）   BriositaAKITA  　　　                      （～現在 ）   妻沼毎日セイントミュートス所属&#13;
                                 （財）日本サッカー協会公認Ｂ級ライセンス取得   &#13;
   &#13;
 Ｑ１．今年でサッカー部が２５周年を迎えますがどのようなお気持ちですか？   &#13;
        ２５周年… とても歴史を感じています。１４年前に在籍していたので、卒業してからだいぶ経ちました…。  　　　薬師堂に校舎があった頃でしたので、あの小さなグランドが懐かしいです。（枇杷の木も！）&#13;
　　　　&#13;
&#13;
 &#13;
　　　　　　（在籍中は２度の全国制覇を経験した。写真は第２回全日本高等学校女子サッカー選手権大会）&#13;
 &#13;
　　※全日本高等学校女子サッカー選手権大会は今年で１８回を数えるが、その記念すべき第１回大会で優勝した）&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
Ｑ２．現在指導者としてご活躍中という事ですがどの様な活動をされていますか？&#13;
   &#13;
 &#13;
横浜にあるデパート屋上のフットサルコートで、２～１２歳までの子どもを対象とした、Soccer　Schoolのコーチをしています。詳しくは-ShunsukeParkのＨＰをご覧ください。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
ShunsukePark未就園児スクールも担当している&#13;
 &#13;
  Ｑ３．聖和学園で一番思い出深かった出来事を教えて下さい。&#13;
  　　　&#13;
たくさんの人達（先生・スタッフ・先輩・後輩・仲間）と知り合えたことが思い出深いです。そして今でもSEIWAを通じて、いろんな人と出逢えていることも事実です。   &#13;
特に１年生の時、全国大会で優勝したこと。２年生の時も、全国大会で優勝したこと。そして３年生の東北予選で、右膝をケガしてしまい、全国大会で３位だったことが印象に残っていますし、今でも目を閉じればあの頃の思い出がよみがえります。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
  　　　     Ｑ４．私たち聖和学園サッカー部はＶＩＳＩＯＮＡＲＹＴＥＡＭを目指しているわけですが１００年後のサッカー部に期待していることを教えて下さい。&#13;
 &#13;
　　　　私が１００年後のFC.SEIWAに期待したいことは以下の３つです。  　　　&#13;
　　　　・　　ボールを大切にして、メッセージのあるSoccerを貫いてください。&#13;
  　　　・　　ワクワクするようなSoccerを魅せ続けてください。&#13;
  　　　・　　色々な人に愛されるチームでいてください。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
 &#13;
Ｑ５．最後に貴女にとって聖和サッカー部とはどのような存在ですか？&#13;
 &#13;
  　　　サッカー部は、現在の自分の原点になった場所です。そして、聖和サッカーは考えることの面白さ、本当の意味でのSoccerの面白さを教えてくれた存在です。だからこそ、聖和学園サッカー部をこれからも、ずっとずっと応援していきたいと思います。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
↑　今夏の全国大会も磐田に応援に来てくれました。いつもありがとうございます。写真は試合終了後の一コマ。&#13;
 &#13;
お忙しい時にインタビューに対応して頂きました。&#13;
心から感謝しています。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
にほんブログ村&#13;
 &#13;
</content>
  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/29</id>
    <title>第１２回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=29"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-09-30T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-09-30T23:38:16+09:00</published>
    <modified>2009-09-30T23:56:52+09:00</modified>
    <summary>「ピボーテ」と「メディアプンタ」&#13;
 &#13;
　世界各国には歴史と伝統を誇るフットボールのリーグ戦が数多く存在する。なかでも世界最高峰と位置づけされ、トップレベルの選手が集う、ブンデスリーガ（ドイツ）、セリエA（イタリア）、プレミアリーグ（イングランド）、リーガ・エスパニョーラ（スペイン）は世界４大リーグとしての存在を示してくれている。これらのリーグは約半年間をかけて、ホーム＆アウェイというスタイルでチームの威信と、自己のプライドを掛けた戦いを繰り広げている。&#13;
 &#13;
　そして広域で行われるサッカーには数多くのスタイルが存在している。例えば赤道直下の南米ブラジルや中東各地は体感温度が４０度を超える。エネルギーのロスを避け、技術を磨きスローテンポのボールが仕事をするサッカーを実践している。またドイツやイングランド、北欧で行われているサッカーは気温が低いため、運動量が多く激しい攻防のサッカーが主流となっていることに気が付く。&#13;
 &#13;
この様に世界中で親しまれているサッカーには気候・風土に影響された文化としてのサッカーを垣間見ることができる。&#13;
 &#13;
　中でも、今期中村俊輔選手（エスパニョール）が移籍をして話題となっているリーガ・エスパニョーラにはサッカーを芸術として育む風潮がある。他のリーグとは異なり、タンゴの様にゲームに応じてリズムのアップダウンをはかり、シンプルにボール左右に動かし、ギャップを作り相手の出方を窺っていく。&#13;
　&#13;
　そして、何よりもリーガ・エスパニョーラには、相手からボールを奪った後の１本目のパスがエレガントかどうかに関心を寄せる観客の存在がある。それは、特にピボーテとメディアプンタと呼ばれる中盤の核をなす選手に要求され、今はゲームがどの様な状況なのかを読みきり、観客にパス１本で自己の戦術眼を明確に伝えなければならない。&#13;
 &#13;
　そういえば一流の都市の条件には「美術館」「オーケストラ」「プロのスポーツチーム」があると聞く。良い見本を提供することは、言い換えれば、良い問いかけはどんな答えよりも重要だということを気付かせてくれる。時を経て知る価値が人生には多く存在する。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
Sagrada Familia&#13;
にほんブログ村</summary>
    <content type="text">「ピボーテ」と「メディアプンタ」&#13;
 &#13;
　世界各国には歴史と伝統を誇るフットボールのリーグ戦が数多く存在する。なかでも世界最高峰と位置づけされ、トップレベルの選手が集う、ブンデスリーガ（ドイツ）、セリエA（イタリア）、プレミアリーグ（イングランド）、リーガ・エスパニョーラ（スペイン）は世界４大リーグとしての存在を示してくれている。これらのリーグは約半年間をかけて、ホーム＆アウェイというスタイルでチームの威信と、自己のプライドを掛けた戦いを繰り広げている。&#13;
 &#13;
　そして広域で行われるサッカーには数多くのスタイルが存在している。例えば赤道直下の南米ブラジルや中東各地は体感温度が４０度を超える。エネルギーのロスを避け、技術を磨きスローテンポのボールが仕事をするサッカーを実践している。またドイツやイングランド、北欧で行われているサッカーは気温が低いため、運動量が多く激しい攻防のサッカーが主流となっていることに気が付く。&#13;
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この様に世界中で親しまれているサッカーには気候・風土に影響された文化としてのサッカーを垣間見ることができる。&#13;
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　中でも、今期中村俊輔選手（エスパニョール）が移籍をして話題となっているリーガ・エスパニョーラにはサッカーを芸術として育む風潮がある。他のリーグとは異なり、タンゴの様にゲームに応じてリズムのアップダウンをはかり、シンプルにボール左右に動かし、ギャップを作り相手の出方を窺っていく。&#13;
　&#13;
　そして、何よりもリーガ・エスパニョーラには、相手からボールを奪った後の１本目のパスがエレガントかどうかに関心を寄せる観客の存在がある。それは、特にピボーテとメディアプンタと呼ばれる中盤の核をなす選手に要求され、今はゲームがどの様な状況なのかを読みきり、観客にパス１本で自己の戦術眼を明確に伝えなければならない。&#13;
 &#13;
　そういえば一流の都市の条件には「美術館」「オーケストラ」「プロのスポーツチーム」があると聞く。良い見本を提供することは、言い換えれば、良い問いかけはどんな答えよりも重要だということを気付かせてくれる。時を経て知る価値が人生には多く存在する。&#13;
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Sagrada Familia&#13;
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  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/28</id>
    <title>第１１回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=28"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-09-21T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-09-24T10:38:39+09:00</published>
    <modified>2009-09-24T23:14:42+09:00</modified>
    <summary>「言葉の持つ意味（コミニケーション洞察）」&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　小学校6年生の時、先生に「人を外見で判断してはいけません。良く話をして判断しなさい」と教わった。子供ごころに妙に合点がゆき、本当に良いことを教わったと感じた。&#13;
 &#13;
しかし、情報の伝達とは&#13;
　　　　　　&#13;
　　　　　　　　　顔の表情が５５％　声の質（高低、テンポの大きさ等）が３８％　そして内容（言葉）が７％である&#13;
 &#13;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「メラビアンの法則」といわれている。&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
　このことは、コミュニケーションの主役が実は言葉にあると思われがちであるが、見た目（視覚）や聞こえ方（聴覚）が９割以上を占めることを表している。&#13;
 &#13;
　木を見て森を見ずという。&#13;
上記の事実は「人は通常、外見で判断している」ということではないのだろうか？&#13;
 &#13;
　ペンを走らせながら、現カルフォルニア州知事・アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「ターミネーター２」のラストシーンを思い浮かべている。自分を犠牲にして地球を守るターミネーター。ラストシーンで親指を立てて親友に別れを告げる。「ノーグッドラック、俺たちは通じ合えた」そこには言葉がなかった。&#13;
 &#13;
　そういえば、ドラマにも舞台にもスポーツにも感動的な名場面には言葉がない。&#13;
 &#13;
　私たちは、「好きなもの」と「良いもの」、うっかりすると「感性」と「理性」の見分け方がわからなくなってしまいがちである。細やかな配慮ある感覚の世界を伝えることは、ある意味、知識とは無関係である。むしろ知識が邪魔になることすらある。あらゆる場所にあらゆる形でちりばめられた感覚を大切にし、感性と想像力を働かせるようなトレーニングを考案していきたい。&#13;
　その実践こそが、以心伝心、アイコンタクト、拈（蓮）華微笑（言葉を用いない心の伝達法）に繋がり、感動を生みだす出発点であると確信している。&#13;
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　小学校6年生の時、先生に「人を外見で判断してはいけません。良く話をして判断しなさい」と教わった。子供ごころに妙に合点がゆき、本当に良いことを教わったと感じた。&#13;
 &#13;
しかし、情報の伝達とは&#13;
　　　　　　&#13;
　　　　　　　　　顔の表情が５５％　声の質（高低、テンポの大きさ等）が３８％　そして内容（言葉）が７％である&#13;
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「メラビアンの法則」といわれている。&#13;
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　このことは、コミュニケーションの主役が実は言葉にあると思われがちであるが、見た目（視覚）や聞こえ方（聴覚）が９割以上を占めることを表している。&#13;
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　木を見て森を見ずという。&#13;
上記の事実は「人は通常、外見で判断している」ということではないのだろうか？&#13;
 &#13;
　ペンを走らせながら、現カルフォルニア州知事・アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「ターミネーター２」のラストシーンを思い浮かべている。自分を犠牲にして地球を守るターミネーター。ラストシーンで親指を立てて親友に別れを告げる。「ノーグッドラック、俺たちは通じ合えた」そこには言葉がなかった。&#13;
 &#13;
　そういえば、ドラマにも舞台にもスポーツにも感動的な名場面には言葉がない。&#13;
 &#13;
　私たちは、「好きなもの」と「良いもの」、うっかりすると「感性」と「理性」の見分け方がわからなくなってしまいがちである。細やかな配慮ある感覚の世界を伝えることは、ある意味、知識とは無関係である。むしろ知識が邪魔になることすらある。あらゆる場所にあらゆる形でちりばめられた感覚を大切にし、感性と想像力を働かせるようなトレーニングを考案していきたい。&#13;
　その実践こそが、以心伝心、アイコンタクト、拈（蓮）華微笑（言葉を用いない心の伝達法）に繋がり、感動を生みだす出発点であると確信している。&#13;
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/27</id>
    <title>第１０回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=27"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-09-15T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-09-16T07:31:29+09:00</published>
    <modified>2009-09-17T01:13:14+09:00</modified>
    <summary>「サッカー（FOOT BALL）が教えてくれたもの」&#13;
 &#13;
 &#13;
 &#13;
 今年の仙台の夏は猛暑の日（35度を超える日）が２日しかなかったという。&#13;
 &#13;
　グラウンドを飛び回るトンボの姿と九月特有の心地良いそよ風に、秋の到来を感じさせる。ふと見上げると東方の夜空にはもうすぐ仲秋をむかえる名月がくっきりと映えわたっている。夕暮れ六時、トレーニングも佳境に差し掛かり、グラウンドではドゥーン、バァン、パァーンというボールを蹴る乾いた個性音が響き渡る。&#13;
　このグランドには、眼をとじても選手が日々のトレーニングで身につけた独特の個性音が楽しめる環境がある。&#13;
 &#13;
　そんな音に耳を傾けながら、サッカーのトレーニング（ゲーム）には日々の生活の上で不可欠な５W、1Hがたえまなしに存在する現実に戻る。&#13;
 &#13;
　What（何を）where(どこで)when（いつ）who（だれが）why(なぜ)how（どのように）&#13;
 &#13;
　それは　何を、どこで、いつ、だれが、どのように、そしてそれはなぜなのかという問いである。&#13;
 &#13;
　サッカーのトレーニング（ゲーム）には、ボールを持った選手が主体となり判断すること。そして、ボールを持っていない選手が絶対にやってあげなくてはならないこと（いくつかの選択肢を作り上げること）が不可欠である。それは週に一度、HPブログに掲載する文章を記すという作業にもあてはまる。主題や情報の種類、そしていつも新しい意識の世界観を持つことによって異なった表現が出来ることである。すなわち、理論と実践、伝える内容と文章という２つを両立させて値とすることが出来ることに通じている。&#13;
 &#13;
　傍らには、１４年前に原宿で購入した1969年創業、カルチョの国、イタリア、フィレンツェの小さな革製品の店で誕生したIL BISONTE（イル・ビゾンテ）のディーパックが静かにトレーニングを見つめている。&#13;
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 今年の仙台の夏は猛暑の日（35度を超える日）が２日しかなかったという。&#13;
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　グラウンドを飛び回るトンボの姿と九月特有の心地良いそよ風に、秋の到来を感じさせる。ふと見上げると東方の夜空にはもうすぐ仲秋をむかえる名月がくっきりと映えわたっている。夕暮れ六時、トレーニングも佳境に差し掛かり、グラウンドではドゥーン、バァン、パァーンというボールを蹴る乾いた個性音が響き渡る。&#13;
　このグランドには、眼をとじても選手が日々のトレーニングで身につけた独特の個性音が楽しめる環境がある。&#13;
 &#13;
　そんな音に耳を傾けながら、サッカーのトレーニング（ゲーム）には日々の生活の上で不可欠な５W、1Hがたえまなしに存在する現実に戻る。&#13;
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　What（何を）where(どこで)when（いつ）who（だれが）why(なぜ)how（どのように）&#13;
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　それは　何を、どこで、いつ、だれが、どのように、そしてそれはなぜなのかという問いである。&#13;
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　サッカーのトレーニング（ゲーム）には、ボールを持った選手が主体となり判断すること。そして、ボールを持っていない選手が絶対にやってあげなくてはならないこと（いくつかの選択肢を作り上げること）が不可欠である。それは週に一度、HPブログに掲載する文章を記すという作業にもあてはまる。主題や情報の種類、そしていつも新しい意識の世界観を持つことによって異なった表現が出来ることである。すなわち、理論と実践、伝える内容と文章という２つを両立させて値とすることが出来ることに通じている。&#13;
 &#13;
　傍らには、１４年前に原宿で購入した1969年創業、カルチョの国、イタリア、フィレンツェの小さな革製品の店で誕生したIL BISONTE（イル・ビゾンテ）のディーパックが静かにトレーニングを見つめている。&#13;
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  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/26</id>
    <title>第９回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=26"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-09-07T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-09-07T18:51:10+09:00</published>
    <modified>2009-10-09T11:07:52+09:00</modified>
    <summary>「SOUTHERN ALL STARS」　　サザンオールスターズについて&#13;
 &#13;
車で通勤する、オーディオから毎日必ず流れる音楽に桑田佳祐の歌がある。本当に夢中になるという事は恐ろしいもので３５０曲を超える桑田の歌を飽く事無く日々聴き続けている。&#13;
 &#13;
私が彼の音に初めて触れたのは、聖和学園に勤務して４年目の１９７８年の盛夏であった。それはテレビの歌番組「夜のヒットスタジオ」で「勝手にシンドバット」という一見ふざけたタイトルの歌を真剣に唱っていた新人バンドであった。&#13;
 &#13;
小学３年生から６年生までの４年間、バイオリン教室に通い少なからず音楽には興味があった。しかし彼の奏でるリズムは「和と洋の融合というか、洋楽と邦楽が揮然一体となっており奇妙にして絶妙な言葉遣いの巧みさとマッチしたバランス感覚のすごさに酔いしれた。&#13;
 &#13;
サザンオールスターズの音楽とは、私にとって中一の時に箒をギター代わりにうたった「ビートルズの”ＨＥＬP”や"イエローサブマリン""レットイットビー"の再来であった。自分の狭い一室だった歌謡曲や演歌だけの世界から脱する可能性のあるグループに出合えたあらたな満足感があった。&#13;
 &#13;
昨年８月、バンド結成以来３０年の永きに亘って続いた「SOUTHERN ALL STARS」は解散（活動休止）の時を迎えたが、その類なき才能は、時代をいくら編纂しても変わることのない名曲を数多く残してくれた。&#13;
 &#13;
そして五感に訴える斬新な音楽（耳で聴き、口で伝え、鼻で嗅ぎ、目で観て、体で感じる）はリズムと表情を遠くまで届けるという余韻と同時に「なる程」、「意外」と感じさせる要素のどこに目を向けるかという課題を残し、私が考えるサッカーの原動力となっている。&#13;
 &#13;
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    <content type="text">「SOUTHERN ALL STARS」　　サザンオールスターズについて&#13;
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車で通勤する、オーディオから毎日必ず流れる音楽に桑田佳祐の歌がある。本当に夢中になるという事は恐ろしいもので３５０曲を超える桑田の歌を飽く事無く日々聴き続けている。&#13;
 &#13;
私が彼の音に初めて触れたのは、聖和学園に勤務して４年目の１９７８年の盛夏であった。それはテレビの歌番組「夜のヒットスタジオ」で「勝手にシンドバット」という一見ふざけたタイトルの歌を真剣に唱っていた新人バンドであった。&#13;
 &#13;
小学３年生から６年生までの４年間、バイオリン教室に通い少なからず音楽には興味があった。しかし彼の奏でるリズムは「和と洋の融合というか、洋楽と邦楽が揮然一体となっており奇妙にして絶妙な言葉遣いの巧みさとマッチしたバランス感覚のすごさに酔いしれた。&#13;
 &#13;
サザンオールスターズの音楽とは、私にとって中一の時に箒をギター代わりにうたった「ビートルズの”ＨＥＬP”や"イエローサブマリン""レットイットビー"の再来であった。自分の狭い一室だった歌謡曲や演歌だけの世界から脱する可能性のあるグループに出合えたあらたな満足感があった。&#13;
 &#13;
昨年８月、バンド結成以来３０年の永きに亘って続いた「SOUTHERN ALL STARS」は解散（活動休止）の時を迎えたが、その類なき才能は、時代をいくら編纂しても変わることのない名曲を数多く残してくれた。&#13;
 &#13;
そして五感に訴える斬新な音楽（耳で聴き、口で伝え、鼻で嗅ぎ、目で観て、体で感じる）はリズムと表情を遠くまで届けるという余韻と同時に「なる程」、「意外」と感じさせる要素のどこに目を向けるかという課題を残し、私が考えるサッカーの原動力となっている。&#13;
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  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/25</id>
    <title>第８回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=25"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-08-28T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-08-28T18:56:33+09:00</published>
    <modified>2009-09-02T16:50:32+09:00</modified>
    <summary>人生は芸術だ　 "Life is Art"　&#13;
 &#13;
Noblesse oblige　ノーブレスオブリッジ&#13;
 &#13;
 &#13;
先日　文芸評論家の川本三郎氏のコラム 「View of Life（シネマにみる人生）」 に接する機会に恵まれた。&#13;
 &#13;
早速、帰宅途中にあるＴＵＴＡＹＡに寄りコラムの題材になっている「ローマの休日」「タイタニック」のＤＶＤをレンタル。３日間にわたって鑑賞と洒落込んだ。&#13;
 &#13;
「ローマの休日」はべレゴニー・ベックの新聞記者とオードリーヘップバーンが演じた主役の王女との友情物語である。偶然居合わせた王女の特ダネを撮ったが、彼女の無邪気さを傷つけまいと悩み彼は信義と友情を重んじる。そして記者会見の席でそっと王女にフィルムを渡す場面に感銘を受けた。&#13;
それは有名人の私生活を暴こうと躍起になっている現代の風潮とは対極にある。&#13;
 &#13;
イングランドで誕生したサッカー、ラグビーにもノーブレスオブリッジ（Noblesse oblige）という言葉がある。&#13;
 &#13;
「高い地位にある者程、控目でなければならない」&#13;
 &#13;
「紳士程、人一倍、徳義を重んじなければならない」&#13;
 &#13;
 &#13;
という意味である。&#13;
 &#13;
 &#13;
それは自分だけ得をしようとする事を恥だとする、時を重ねて熟成された精神である。&#13;
 &#13;
空前の大ヒットを生んだ「タイタニック」の中にも、沈没してゆく船から我先に逃げようとする人が続出しているなか、老紳士が「Be British（イギリス人たれ）」と話し、諫めた場面があった。まさに「ノーブレスオブリッジ」の精神である。&#13;
 &#13;
先人が多くの知恵の中で育んできた含蓄のある言葉は、日々現場で活動している私たち指導者が絶対に忘れてはならないという教訓を感じた３日間であった。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
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    <content type="text">人生は芸術だ　 "Life is Art"　&#13;
 &#13;
Noblesse oblige　ノーブレスオブリッジ&#13;
 &#13;
 &#13;
先日　文芸評論家の川本三郎氏のコラム 「View of Life（シネマにみる人生）」 に接する機会に恵まれた。&#13;
 &#13;
早速、帰宅途中にあるＴＵＴＡＹＡに寄りコラムの題材になっている「ローマの休日」「タイタニック」のＤＶＤをレンタル。３日間にわたって鑑賞と洒落込んだ。&#13;
 &#13;
「ローマの休日」はべレゴニー・ベックの新聞記者とオードリーヘップバーンが演じた主役の王女との友情物語である。偶然居合わせた王女の特ダネを撮ったが、彼女の無邪気さを傷つけまいと悩み彼は信義と友情を重んじる。そして記者会見の席でそっと王女にフィルムを渡す場面に感銘を受けた。&#13;
それは有名人の私生活を暴こうと躍起になっている現代の風潮とは対極にある。&#13;
 &#13;
イングランドで誕生したサッカー、ラグビーにもノーブレスオブリッジ（Noblesse oblige）という言葉がある。&#13;
 &#13;
「高い地位にある者程、控目でなければならない」&#13;
 &#13;
「紳士程、人一倍、徳義を重んじなければならない」&#13;
 &#13;
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という意味である。&#13;
 &#13;
 &#13;
それは自分だけ得をしようとする事を恥だとする、時を重ねて熟成された精神である。&#13;
 &#13;
空前の大ヒットを生んだ「タイタニック」の中にも、沈没してゆく船から我先に逃げようとする人が続出しているなか、老紳士が「Be British（イギリス人たれ）」と話し、諫めた場面があった。まさに「ノーブレスオブリッジ」の精神である。&#13;
 &#13;
先人が多くの知恵の中で育んできた含蓄のある言葉は、日々現場で活動している私たち指導者が絶対に忘れてはならないという教訓を感じた３日間であった。&#13;
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  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/23</id>
    <title>第7回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=23"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-08-23T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-08-23T21:05:39+09:00</published>
    <modified>2009-12-01T11:13:03+09:00</modified>
    <summary>“縁（繋がり）はチームのフィロソフィー”&#13;
 &#13;
１９９１年７月の早朝、サッカー部部長堀内久吉宅にけたたましい電話音が鳴り響いた。受話器を手に取ると泉区消防署の方で二男の研司君が車を運転中に誤ってガードレールに激突、全身打撲で瀕死の状態であるとの連絡であった。急いで現場にかけつけるとそこには見る影もなく無残に破壊された車があり、現場を見た先生は息子の死を覚悟したという。&#13;
 &#13;
事故後の発見が早く、対応が適切であったが１７ヶ月以上の入院と手術を余儀なくされ、完治まで７年の歳月を費やした事でも事故の大きさが計り知られる。&#13;
 &#13;
容態が安定して、事故の詳細を調べているうちに第一発見者は偶然早朝に現場を通り、病院、消防署に通報、救出まで居合せてくれたF団地の渡辺定雄夫妻ということがわかった。その後、堀内先生は息子の状況とお礼を兼ね、１０日後にF団地の渡辺定雄夫妻を訪ねるとそこには幼少の男の子が立っていた。&#13;
 &#13;
それから１６年の歳月が過ぎ、仙台大学大学院に通うサッカー好きの青年は聖和学園のグラウンドで堀内部長と再会する事になる。堀内部長がどこの渡辺さんなのかと尋ねる、「F団地です」と彼は答える。&#13;
 &#13;
まさか・・・&#13;
 &#13;
お父さんの名前は定雄さんという名ではないでしょうねと聞くと「定雄です」と彼は答えた。&#13;
 &#13;
事故の詳細を知る私は偶然の縁に鳥肌を立たせていた。&#13;
 &#13;
今回は本校教諭でサッカー部コーチの佐々木好人先生とサッカー部との出会いと縁を紹介させて頂いた。&#13;
 &#13;
全ての人に最も平等な事は時の流れる早さである。時間の使い方、そして出会いの機会、生き方の能力くらい不平等な事はない。天文学的な数字の中での出会いが良縁となれる様いつも感謝して高きを目指す努力を重ねよう！！&#13;
 &#13;
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 </summary>
    <content type="text">“縁（繋がり）はチームのフィロソフィー”&#13;
 &#13;
１９９１年７月の早朝、サッカー部部長堀内久吉宅にけたたましい電話音が鳴り響いた。受話器を手に取ると泉区消防署の方で二男の研司君が車を運転中に誤ってガードレールに激突、全身打撲で瀕死の状態であるとの連絡であった。急いで現場にかけつけるとそこには見る影もなく無残に破壊された車があり、現場を見た先生は息子の死を覚悟したという。&#13;
 &#13;
事故後の発見が早く、対応が適切であったが１７ヶ月以上の入院と手術を余儀なくされ、完治まで７年の歳月を費やした事でも事故の大きさが計り知られる。&#13;
 &#13;
容態が安定して、事故の詳細を調べているうちに第一発見者は偶然早朝に現場を通り、病院、消防署に通報、救出まで居合せてくれたF団地の渡辺定雄夫妻ということがわかった。その後、堀内先生は息子の状況とお礼を兼ね、１０日後にF団地の渡辺定雄夫妻を訪ねるとそこには幼少の男の子が立っていた。&#13;
 &#13;
それから１６年の歳月が過ぎ、仙台大学大学院に通うサッカー好きの青年は聖和学園のグラウンドで堀内部長と再会する事になる。堀内部長がどこの渡辺さんなのかと尋ねる、「F団地です」と彼は答える。&#13;
 &#13;
まさか・・・&#13;
 &#13;
お父さんの名前は定雄さんという名ではないでしょうねと聞くと「定雄です」と彼は答えた。&#13;
 &#13;
事故の詳細を知る私は偶然の縁に鳥肌を立たせていた。&#13;
 &#13;
今回は本校教諭でサッカー部コーチの佐々木好人先生とサッカー部との出会いと縁を紹介させて頂いた。&#13;
 &#13;
全ての人に最も平等な事は時の流れる早さである。時間の使い方、そして出会いの機会、生き方の能力くらい不平等な事はない。天文学的な数字の中での出会いが良縁となれる様いつも感謝して高きを目指す努力を重ねよう！！&#13;
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 </content>
  </entry>
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    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/21</id>
    <title>第６回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=21"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-08-11T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-08-11T21:36:20+09:00</published>
    <modified>2009-08-11T22:17:16+09:00</modified>
    <summary>"探し物は何ですか？"　 &#13;
 &#13;
 &#13;
　♪探し物はなんですか♪&#13;
　♪見つけにくいものですか♪&#13;
　♪机の中も鞄のなかも探したけれどもみつからないのに♪&#13;
　♪まだまだ探す気ですか・・・♪&#13;
 &#13;
 &#13;
1973年に井上陽水が作詞・作曲して大ブレークをおこした「夢の中へ」という歌詞のフレーズにこの様な文言があったと記憶している。思いおこせば大学3年の時であり２００名を超えるサッカー部員の中で、日々必死でトレーニングに向き合いレギュラー取りに「夢中」になっていた時にヒットした歌であった。&#13;
 &#13;
年齢を重ねれば　探し物は何ですか？　というメッセージに人生のヒントを多く感じることが出来るが、それは自ら選んだサッカー人生に少なからず問われていたように思う。&#13;
 &#13;
 &#13;
　どんなサッカーを探していますか？&#13;
　どんなTEAMを作りますか？&#13;
　どのようなスタイルを目指しますか？&#13;
　どの様な選手を育てますか？&#13;
 &#13;
 &#13;
上記の事は私達スタッフに永遠に問われるテーマであると思う。そして高校の部活動であることを認識させ、学業を最も優先させながらも、サッカーとは直結させるべきではないとも考えている。&#13;
 &#13;
パスの原点である受け手への思いやりがピッチ上で実践できれば、すなわちそれは必然的に「探し物」を見つけることにつながると思う。自分で見つけたもののみが自分の財産となるという指導の信念を貫き、併せてサッカーとは急いでプレーするスポーツではなく優しさと余裕をもって賢くプレーするスポーツだと伝えていきたいと思う。&#13;
 &#13;
 &#13;
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    <content type="text">"探し物は何ですか？"　 &#13;
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　♪探し物はなんですか♪&#13;
　♪見つけにくいものですか♪&#13;
　♪机の中も鞄のなかも探したけれどもみつからないのに♪&#13;
　♪まだまだ探す気ですか・・・♪&#13;
 &#13;
 &#13;
1973年に井上陽水が作詞・作曲して大ブレークをおこした「夢の中へ」という歌詞のフレーズにこの様な文言があったと記憶している。思いおこせば大学3年の時であり２００名を超えるサッカー部員の中で、日々必死でトレーニングに向き合いレギュラー取りに「夢中」になっていた時にヒットした歌であった。&#13;
 &#13;
年齢を重ねれば　探し物は何ですか？　というメッセージに人生のヒントを多く感じることが出来るが、それは自ら選んだサッカー人生に少なからず問われていたように思う。&#13;
 &#13;
 &#13;
　どんなサッカーを探していますか？&#13;
　どんなTEAMを作りますか？&#13;
　どのようなスタイルを目指しますか？&#13;
　どの様な選手を育てますか？&#13;
 &#13;
 &#13;
上記の事は私達スタッフに永遠に問われるテーマであると思う。そして高校の部活動であることを認識させ、学業を最も優先させながらも、サッカーとは直結させるべきではないとも考えている。&#13;
 &#13;
パスの原点である受け手への思いやりがピッチ上で実践できれば、すなわちそれは必然的に「探し物」を見つけることにつながると思う。自分で見つけたもののみが自分の財産となるという指導の信念を貫き、併せてサッカーとは急いでプレーするスポーツではなく優しさと余裕をもって賢くプレーするスポーツだと伝えていきたいと思う。&#13;
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  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/2/20</id>
    <title>第５回　人生は芸術だ　 "Life is Art"　 &lt;人生は芸術だ&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=20"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-08-05T21:21:00+09:00</updated>
    <published>2009-08-06T11:21:00+09:00</published>
    <modified>2009-08-06T16:53:21+09:00</modified>
    <summary>”Sport  の　「Ｓ」は Storyへの道”&#13;
 &#13;
小学校６年生の時にサッカーと出合い早いもので４７年の歳月が過ぎようとしている。世界中で約２億人強の人々が愛してやまないスポーツである、サッカー。その計り知れない魅力は数多く存在するが最大の魅力は、物は目で見て、ボールは足で扱うというギャップにあるのではないだろうか？&#13;
 &#13;
サッカーは人間の体の中で最も不自由な足で扱うスポーツがゆえに多くのドラマを生んできた。以来それは共通のルールで戦われる中で熟成され、考え方（捉え方）の差異が文化やスタイルを形成し、明確なカラーとなって表現されてきている。しかし、一流のプレーヤーを称える時の決まり文句になる「人並み外れた体力」や「人間業とは思えない」という表現はすなわちスポーツの基準は常に人間にあるという証ではないのだろうか？&#13;
 &#13;
更には、「人間が織りなす光と影」という視点において、光の部分である結果だけを覗き、知る事に徹すれば、それはスポーツの大きな楽しみを半分失う事にもなる。&#13;
 &#13;
スポーツの物語られ方は実に豊かである。私たちが目指すサッカーはスポーツの「Ｓ」からストリーへの道に繋がる様に、まさに料理に例えるなら、素材だけでなく料理法にこだわる。そして観戦してくれている人々にどの様に観てもらえるかを意識したサッカーを貫きたい。&#13;
 &#13;
それは、時代に追い付こうとする事ではなく、アレンジを繰り返し、時代を待ち伏せするサッカーに続く道だと考える。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
にほんブログ村</summary>
    <content type="text">”Sport  の　「Ｓ」は Storyへの道”&#13;
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小学校６年生の時にサッカーと出合い早いもので４７年の歳月が過ぎようとしている。世界中で約２億人強の人々が愛してやまないスポーツである、サッカー。その計り知れない魅力は数多く存在するが最大の魅力は、物は目で見て、ボールは足で扱うというギャップにあるのではないだろうか？&#13;
 &#13;
サッカーは人間の体の中で最も不自由な足で扱うスポーツがゆえに多くのドラマを生んできた。以来それは共通のルールで戦われる中で熟成され、考え方（捉え方）の差異が文化やスタイルを形成し、明確なカラーとなって表現されてきている。しかし、一流のプレーヤーを称える時の決まり文句になる「人並み外れた体力」や「人間業とは思えない」という表現はすなわちスポーツの基準は常に人間にあるという証ではないのだろうか？&#13;
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更には、「人間が織りなす光と影」という視点において、光の部分である結果だけを覗き、知る事に徹すれば、それはスポーツの大きな楽しみを半分失う事にもなる。&#13;
 &#13;
スポーツの物語られ方は実に豊かである。私たちが目指すサッカーはスポーツの「Ｓ」からストリーへの道に繋がる様に、まさに料理に例えるなら、素材だけでなく料理法にこだわる。そして観戦してくれている人々にどの様に観てもらえるかを意識したサッカーを貫きたい。&#13;
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それは、時代に追い付こうとする事ではなく、アレンジを繰り返し、時代を待ち伏せするサッカーに続く道だと考える。&#13;
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  </entry>
  <entry>
    <id>http://www.seiwa-soccer.com,blog/3/22</id>
    <title>（第２回）　インタビュー・心理サポート　齋藤茂 &lt;拈華微笑&gt;</title>
    <link href="http://www.seiwa-soccer.com/blog_detail/id=22"/>
    <author>
      <name>聖和学園高等学校女子サッカー部</name>
    </author>
    <updated>2009-08-03T11:39:00+09:00</updated>
    <published>2009-08-12T12:26:32+09:00</published>
    <modified>2009-08-12T21:56:24+09:00</modified>
    <summary>今回は本校女子サッカー部の心理サポートをして頂いている松本大学の齋藤茂先生にお話をお聞きしました。&#13;
 &#13;
先生には全国大会等の公式戦の際に帯同してもらい選手たちへメンタルサポート等をしてもらっています。先生はｊリーグに所属する選手のメンタルケアも行っており、またご自身も新設されたサッカー部の監督を務められ、エレガントなサッカーを目指し日々学生たちと向き合っております。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
　&#13;
（大学の研究室にてインタビューを行いました）&#13;
聞き手：佐々木好人&#13;
 &#13;
Q1.プロフィールを教えてください&#13;
 &#13;
長野県松本市で生まれ、高校・浪人時代まで松本でサッカーをして過ごしました。高校時代、チームは北信越で優勝しましたが、僕は出場機会の限られたパッとしない選手でした。その後、東北大学・大学院に進学、そして聖和のサッカーと出会いました。2007年に故郷の松本に戻り、松本大学で専任講師として勤務すると同時に、男子・女子のサッカー部を立ち上げました。&#13;
 &#13;
Q2.聖和のサッカー部との出会いについて詳しく教えてください。&#13;
 &#13;
もう7－8年前になりますが、私が東北大学の大学院に通っていたときです。当時からスポーツ心理学の研究室に所属していまして、青森から鹿児島まで、全国のサッカーの強豪校を調査で飛び回っていました。その中で唯一、女子の対象校が聖和学園女子サッカー部でした。聖和のサッカーが良いもので「異質である」、と認識するのに時間はかかりませんでしたし、僕が長い間求めていたものでした。そして、国井精一という人に完全に魅了され、近くにいたいと思いました。当時を思い出すと、練習の最初から最後までビデオを撮り、国井先生のお話をすべて録音・メモしていたのを覚えています。国井先生に連れて行っていただいた焼き鳥屋等でもボイスレコーダーを回していました。その後は研究とは関係なく、聖和のサッカーが見たくて通うようになりました。&#13;
 &#13;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&#13;
 &#13;
Q3.どのようなサポートをされてきたのですが？&#13;
 &#13;
僕の専門は「スポーツ心理学」です。日本スポーツ心理学会認定のメンタルトレーニング指導士として、日常から選手のメンタル面をサポートしています。聖和とは仙台と長野という距離的な問題もあり、なかなか役に立つようなサポートができていませんが、2ヶ月に1度、2－3日程度はグラウンドに足を運び、選手にメンタル面のお話をさせてもらったり、相談を受けたりしています。また、全国大会や東北大会などに帯同させていただき選手の心理的な部分をケアしています。今後はさらに勉強し、継続的なサポートをしたいと思っています。&#13;
 &#13;
 &#13;
&#13;
グラウンドで選手と対話する齋藤先生&#13;
 &#13;
Q4.大学の指導者として目指しているサッカーは？&#13;
 &#13;
「松本大学のサッカー」と呼べるものを確立したいと思っています。それは当然、聖和のサッカーから多くのヒント、そしてヒントだけではなく「答え」ももらっています。もっと言えば、松本大学のグラウンドで毎日、聖和のサッカーを感じていたいんですよね。松本という場所で、しかも男子で聖和のサッカーを実践することには多くの意味があると思っています。面白くないサッカー、ワクワクしないサッカー、ボールを大切にしないサッカーを毎日見せられたら、僕は監督をやめると勝手なことを選手には言ってあります（笑）。&#13;
 &#13;
Q5.先生にとって聖和サッカーとは？&#13;
 &#13;
チームを持つ指導者としては「憧れ」、個人的には「拠り所」、サポートをさせてもらっている者として「誇り」といった感じでしょうか。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
Q6.最後に、100年後の聖和に向けてメッセージを下さい&#13;
 &#13;
僕は100年後も聖和サッカーを近くで見ていたい、100年後の選手にも直接話をしたい！というのが本音です。そして、堀内先生、国井先生、好人先生、天本先生のいない聖和を今は考えることができませんし、想像すると涙が出そうになりますね・・・。&#13;
 &#13;
しかし、FC.SEIWAは時代を超えてもなお、多くの人を魅了し、多くの人が集まるチームであってほしいと思います。僕は100年後も、間違いなくFC.SEIWAを愛しています。&#13;
 &#13;
最後に、FC.SEIWAがこれからも「肩の力を抜いて、ゆっくり、でも着実に」歩んでいくことを願っています。&#13;
※このFC.SEIWAには、聖和と関わる多くの方々も含まれています。&#13;
 &#13;
&#13;
 &#13;
お忙しい中取材をさせていただきました。&#13;
ありがとうございました。&#13;
 &#13;
 &#13;
にほんブログ村</summary>
    <content type="text">今回は本校女子サッカー部の心理サポートをして頂いている松本大学の齋藤茂先生にお話をお聞きしました。&#13;
 &#13;
先生には全国大会等の公式戦の際に帯同してもらい選手たちへメンタルサポート等をしてもらっています。先生はｊリーグに所属する選手のメンタルケアも行っており、またご自身も新設されたサッカー部の監督を務められ、エレガントなサッカーを目指し日々学生たちと向き合っております。&#13;
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（大学の研究室にてインタビューを行いました）&#13;
聞き手：佐々木好人&#13;
 &#13;
Q1.プロフィールを教えてください&#13;
 &#13;
長野県松本市で生まれ、高校・浪人時代まで松本でサッカーをして過ごしました。高校時代、チームは北信越で優勝しましたが、僕は出場機会の限られたパッとしない選手でした。その後、東北大学・大学院に進学、そして聖和のサッカーと出会いました。2007年に故郷の松本に戻り、松本大学で専任講師として勤務すると同時に、男子・女子のサッカー部を立ち上げました。&#13;
 &#13;
Q2.聖和のサッカー部との出会いについて詳しく教えてください。&#13;
 &#13;
もう7－8年前になりますが、私が東北大学の大学院に通っていたときです。当時からスポーツ心理学の研究室に所属していまして、青森から鹿児島まで、全国のサッカーの強豪校を調査で飛び回っていました。その中で唯一、女子の対象校が聖和学園女子サッカー部でした。聖和のサッカーが良いもので「異質である」、と認識するのに時間はかかりませんでしたし、僕が長い間求めていたものでした。そして、国井精一という人に完全に魅了され、近くにいたいと思いました。当時を思い出すと、練習の最初から最後までビデオを撮り、国井先生のお話をすべて録音・メモしていたのを覚えています。国井先生に連れて行っていただいた焼き鳥屋等でもボイスレコーダーを回していました。その後は研究とは関係なく、聖和のサッカーが見たくて通うようになりました。&#13;
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&#13;
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Q3.どのようなサポートをされてきたのですが？&#13;
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僕の専門は「スポーツ心理学」です。日本スポーツ心理学会認定のメンタルトレーニング指導士として、日常から選手のメンタル面をサポートしています。聖和とは仙台と長野という距離的な問題もあり、なかなか役に立つようなサポートができていませんが、2ヶ月に1度、2－3日程度はグラウンドに足を運び、選手にメンタル面のお話をさせてもらったり、相談を受けたりしています。また、全国大会や東北大会などに帯同させていただき選手の心理的な部分をケアしています。今後はさらに勉強し、継続的なサポートをしたいと思っています。&#13;
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グラウンドで選手と対話する齋藤先生&#13;
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Q4.大学の指導者として目指しているサッカーは？&#13;
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「松本大学のサッカー」と呼べるものを確立したいと思っています。それは当然、聖和のサッカーから多くのヒント、そしてヒントだけではなく「答え」ももらっています。もっと言えば、松本大学のグラウンドで毎日、聖和のサッカーを感じていたいんですよね。松本という場所で、しかも男子で聖和のサッカーを実践することには多くの意味があると思っています。面白くないサッカー、ワクワクしないサッカー、ボールを大切にしないサッカーを毎日見せられたら、僕は監督をやめると勝手なことを選手には言ってあります（笑）。&#13;
 &#13;
Q5.先生にとって聖和サッカーとは？&#13;
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チームを持つ指導者としては「憧れ」、個人的には「拠り所」、サポートをさせてもらっている者として「誇り」といった感じでしょうか。&#13;
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Q6.最後に、100年後の聖和に向けてメッセージを下さい&#13;
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僕は100年後も聖和サッカーを近くで見ていたい、100年後の選手にも直接話をしたい！というのが本音です。そして、堀内先生、国井先生、好人先生、天本先生のいない聖和を今は考えることができませんし、想像すると涙が出そうになりますね・・・。&#13;
 &#13;
しかし、FC.SEIWAは時代を超えてもなお、多くの人を魅了し、多くの人が集まるチームであってほしいと思います。僕は100年後も、間違いなくFC.SEIWAを愛しています。&#13;
 &#13;
最後に、FC.SEIWAがこれからも「肩の力を抜いて、ゆっくり、でも着実に」歩んでいくことを願っています。&#13;
※このFC.SEIWAには、聖和と関わる多くの方々も含まれています。&#13;
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お忙しい中取材をさせていただきました。&#13;
ありがとうございました。&#13;
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